40.戦神の礼拝堂
「ランディくんと、最後に別れた場所へ行きましょう。トーマスくん、礼拝堂でいいんですね」
「ああ。そこ以外は、全て回ったはずだ……隠し通路でも無ければ」
宗谷は、イルシュタットから砦への移動中、トーマスから、砦内部の見取り図を見せて貰っていた。
村で昔、測量した羊皮紙製の図面で、それによると砦の奥に戦神の礼拝堂が存在するらしい。
「バドの奴がそのせいで、かなりいきりたっててな……よりによって」
「戦神の礼拝堂が、破滅神の闇司祭に穢されると考えたのでしょう」
風を断つ者達の一人、坊主頭の男、バドは戦神の神官戦士だった。彼の勇敢かつ、好戦的な性格は戦士としての適性を備えていたが、結果、砦の突入という選択をした要因となってしまった。
「兵士や戦士達は戦神信仰者が多い。砦に備えられる礼拝堂としては最も多い筈。……僕は勇敢であれという、考えや教えは否定はしませんが」
宗谷は一拍置いて、さらに続けた。
「勇敢と無謀は違う。決してはき違えてはいけない」
石塊兵Aを先行させ、一行は、砦の通路の奥へ進んでいった。最後方にはミアとレベッカの護衛用の石塊兵Bが守りにつく。囮や護衛に便利な石塊兵の欠点は、忍び足が出来ず、とにかく派手に音を立ててしか歩けない。砦内部に侵入した事は、内部に居る敵に気づかれているだろう。
途中、ランディ達風を断つ者達が倒したと思われる、小鬼の遺体が何体か見られた。報酬用に倒した証拠として角を狩っておきたいが、それはランディやバド、三人の村人の救出が終わってからで問題無いだろう。
そして、生きている敵に遭遇する事は無く、礼拝堂の前まで到着した。
「……ここにも、破滅神の暗黒文字。闇神官が居るのは間違いなさそうだ」
礼拝堂の木扉には、またもや赤と黒の文字で破滅の呪詛が記されている。さらわれた村人は、ここに連れ込まれたのだろうか?
宗谷は振り返り仲間を見渡すと、レベッカの顔色が青ざめていた。随分と呼吸も荒くなっている。ランディの安否の不安、あるいは、魔法をかけられたときの事を思い出しているのだろう。
(レベッカくんは、かなり辛そうな。礼拝堂に敵がいるかは、まだわからないが、出来る内に魔法を使って貰った方が良さそうだ)
「レベッカくん。抗魔力は使えますか? 礼拝堂に破滅神の闇司祭が居るかもしれません」
宗谷の問いに、レベッカは頷くと、震える手で魔術師の杖を握り締めた。
「……ま……まを、魔を、抗う力と成れっ。抗魔力」
途中、詠唱をつっかえながらも、何とかレベッカは魔術を完成させた。杖が輝くと、宗谷たち五名の身体に淡い魔力による防護幕が包み込む。
魔法に対する抵抗力向上。レベッカの魔術の腕を考えると、効力は気休め程度かもしれないが、当然無いよりははるかに良い。
詠唱を終わり、ふらつき倒れそうになるレベッカを、ミアが片手で支えた。レベッカに余裕があれば、武器を強化する魔光武器化の魔術も欲しかったが、この分だと厳しそうだ。
「レベッカくん、ありがとう。後は、光源操作だけお願いします。……それと、魔術師の杖をお借りします」
宗谷はレベッカから、魔術師の杖を受け取った。魔術の効果を強化出来る魔術具で、そこそこ値が張る代物だったので、大切に使わなくてはいけない。
宗谷もいずれ何処かで魔術具を調達しなくてはいけないなと考えた。剣で白兵戦を挑む事のある宗谷は、杖ではなく、指輪のような品物が都合が良さそうだ。
「ソーヤ。どうする?」
「勿論、石塊兵Aに突撃させます。メリルゥくんは、風精霊を呼び出せる準備だけはしておいて下さい」
メリルゥは頷いて短弓を扉に向けて構えた。トーマスもそれに倣い、長弓に矢を番え、木扉に向けて構える。
「命令。石塊兵A。前方の扉を破壊し、中に向かって五歩前進」
砦の入り口の扉と同じように、石塊兵Aの石拳により、木扉は粉々に叩き壊され、礼拝堂に繋がる空間が開く。
レベッカが、礼拝堂の中に向けて、照明の魔法で生み出した光球を投げ込んだ。
魔法の明かりにより、礼拝堂の中が照らされた。内部は砦に備えられたものらしく、煌びやかさは無く無骨な造りをしていた。
床には儀式の陣。破滅神の暗黒文字が、床一面に書き込まれている。奥では戦神の像が引き倒され、粉々に砕かれていた。
(この匂い……死臭か)
宗谷は鼻を抑え、レベッカから借りた魔術師の杖を構えつつ、周囲を索敵すると、部屋の隅に、三匹の小鬼の遺体が転がっていた。ランディ達が倒したものだろうか?
そして、中央にある破滅神の儀式陣の上には、人型をした物が横たわっている。その数は六体。
「……ミアくん。レベッカくんの傍に。来てはいけない」
宗谷が横目で見ると、メリルゥは短弓を構えたまま、無表情でそれを見つめている。長弓を構えていたトーマスは、小刻みに震え、無念そうに顔をしかめていた。
仰向けに横たわる者のうち一人。一際目立つ品の良さそうな金髪の持ち主。勇者ランディの喉元には、儀式用短剣が突き立てられていた。