38.パーティー結成と出発
「ソーヤじゃないか。……わたしに何か用か?」
森妖精の少女メリルゥは、宗谷たちの状況を把握出来ず、呑気に話しかけてきた。
「メリルゥさん!」
「……ミアも一緒か。……なんだなんだ。ぞろぞろと」
宗谷とミアが、メリルゥと話をしているのを見て、トーマスとレベッカも近寄ってきた。あっという間に四人に囲まれたメリルゥは、皆を見回した後、手近に空いてる椅子の上にあぐらをかいて座り、ジト目で笑いかけると、右手に持っていた林檎を齧った。
「……よくわからんが、話なら聞くぜ。わたしの力が必要なのか? 風の精霊の行使なら任せろよ」
トーマスは先程、ライドとジャッカルの二人組にしたのと同じように、これまでの経緯をメリルゥに説明した。その上で白銀級の冒険者がどうしても必要という事を強く強調した。
「なるほどな。……わたしの白銀級の冒険者証目当てか。なんだよ、わたし個人の力がどうという話ではないんだな」
メリルゥの声のテンションは先程とは打って変わり下がっていた。得意な精霊術をあてにされた訳ではなく、白銀級なら誰でも良いというのだから、そうなるのも無理は無さそうではあるが、宗谷達にとっては、白銀級の冒険者の確保は切実な問題であった。
「メリルゥくん。確かに僕達は、白銀級が必要で君に声を掛けましたが」
「いいぜ」
説得しようとする宗谷の言葉を遮り、メリルゥはあっさりと即答した。
「即答ですか。協力を要請して言うのもなんですが、危険な依頼です。冒険者証の色目当てに、無理矢理、君を連れ回すことはしたくない」
「それについては、ソーヤ。お前の腕を信用する。……それに、ミアには大きな借りがある。わたしとしても、それを返さない訳にはいかない」
メリルゥは半年の間スレイルの森で、コニーという幽霊の少年と共に生活をしていた。もし、ミアが少年の魂を救済しなかったら、メリルゥは死ぬまで、スレイルの森で引き籠っていた可能性すらあった。
「あの……メリルゥさん、あの事は内緒ですよ」
ミアがメリルゥの耳元で囁いた。救済の神聖術は、司祭が行使するものであり、神官であるミアが行う事は、大地母神の教義で禁止されていた。
「わかってるよ。誰にも言わない。三人だけの秘密だろ」
「はい。お願いします。三人だけの秘密です」
ミアが微笑むのを見て、メリルゥはつられて照れ笑いを浮かべた。
「しかしなぁ、こいつら……以前から思ってたんだが。ちょっと失礼だな」
メリルゥはトーマスとレベッカの二人を指差し、不満そうにしていた。以前に風を断つ者達と、何かいざこざがあったのだろうか? 勇者然としていたランディが、彼女のような森妖精にまで喧嘩を売ってたとしたら、少し意外である。
「……メリルゥさん、俺達が何か失礼な事をしてしまっただろうか。貴方とは殆ど接点は無かったと思うが、もし非礼があったならお詫びをしたい」
名指しされたトーマスが、小声でメリルゥに弁解し、頭を下げた。
「トーマスくんも、レベッカくんも悪人ではありません。メリルゥくんと何か過去にあったか知りませんが、ここは一つ」
「ん……いや。こいつらは良く知らないが。風を断つ者達って、あんまりな名前だよな。……風はトモダチだろ」
メリルゥのつんと拗ねたような顔。どうやら、前々からチーム名が気に入らなかったらしい。
「そこですか。繊細なのですね」
「違う、鈍感なんだよ。風精霊は精霊術師なら意思疎通だって出来るんだからな。そんなの名乗ってると知ったら、絶対助けてくれないぞ。ソーヤだって、人を断つ者達なんて名前の連中と関わりたくないだろ」
「……まあ、確かに。ですが、彼らに他意は無いでしょうから、どうか許してあげてください。人間で精霊信仰をしている者は、そう多くありません。文化の違いです」
宗谷の言葉を聞くと、メリルゥは溜息をついて、椅子から飛び降りた。そしてトーマスとレベッカの前に立ち、二人に向けて両手を差し出す。
「メリルゥだ。ミアに大きな借りがあってな。力を貸す。よろしくな。お前たちの仲間が無事だといいいんだがな」
トーマスとレベッカも、メリルゥに手を差し伸べ手短に自己紹介をすると、三人は握手を交わした。
「ソーヤ、わたしがリーダーでいいんだな。すぐルイーズに伝えてくる。……急ぐなら、外で出発の準備をして待っててくれよ」
メリルゥは、軽快な足取りで冒険者ギルドの通路に向かって行った。
「随分と手際がいいですね。幼く見えますが、何だかんだで白銀級の冒険者という事ですか。……それでは皆さん、出発の準備を」
宗谷は酒場に残った仲間に出発を促した。そして、最後に酒場から退出しようとした時、眼帯の盗賊ジャッカルの怒気を込めた低い声が刺さった。
「……ソウヤと言ったな。盗賊の喧嘩のやり方って奴を、俺がじっくり教えてやるからよ。楽しみにしてろ。……てめぇが、生きて帰って来れたらな」
「それはどうも。いい退屈しのぎになりそうです」
宗谷は振り返る事も無く返答した。そして、面白可笑しそうに薄ら笑みを浮かべながら、冒険者の酒場を後にした。
宗谷、ミア、トーマス、レベッカ、そして新たに加わったメリルゥの五名は、冒険者ギルドの前に集合した。
まだ夕刻には早く、今から出発すれば、暗くなる前に移動距離を稼ぐ事が出来るだろう。必要最低限の確認をして、すぐにでも出発したい。
「トーマスくん。疲れてはいませんか」
「……実のところ、丸一日寝ていない。疲れはかなりあるが……そうは言ってられない」
「何処かで短時間の休憩と睡眠を取りましょう。焦る気持ちは分かりますが」
宗谷の提案にトーマスは頷く。砦までは通常一日半かかる距離だ。強行軍しても一日はかかるだろう。時は一刻を争うとはいえ、トーマスの疲労具合を考えると、一度休止の必要がある。
「レベッカさんは大丈夫ですか?」
「ミア。……ありがとう。大丈夫。これ以上迷惑はかけられない」
レベッカはミアに対し、弱弱しい返事をした。魔術師の杖を杖代わりにし、表情には生気が無く、赤毛のポニーテールだけが、鮮やかな色を帯びて揺れていた。彼女の頭の中は、ランディの安否の事で一杯なのかもしれない。
「レベッカくん、出発前に確認を。魔術はどこまで使えますか。魔力追尾弾や石塊兵は?」
宗谷の問いかけに、レベッカは申し訳無さそうに、無言で首を振った。ある程度は予想していたが、この二つの術が使えないのであれば、レベッカはそこまで高いレベルではない。
「魔光武器化と抵魔力ならどうですか。あと砦内部で使う照明があると助かります」
「……それならば、使えます。他は攻撃魔術なら魔力弾と」
「攻撃魔術は使わないで結構。もし闇司祭と遭遇して戦闘になったら、最優先で抵魔力を全員に。その上で余裕があれば、魔光武器化を僕の洋刀と、トーマスくんメリルゥくんの弓に」
レベッカの魔術の腕では、下手な攻撃魔術は打ち消される可能性が高かった。闇司祭の暗黒術に備えて、一定の効力が保証される、基礎的な補助魔法を使わせた方が良さそうだ。
「ソーヤ、つむじ風でどうだ?」
「メリルゥくん、何ですかそれは。精霊術ですか?」
「チーム名だよ。追い風も捨てがたいな……」
「貴方がリーダーですから。好きにしてください。……出発しましょう。トーマスくん、砦までの道案内をお願いします」
宗谷はぶつぶつと呟くメリルゥを適当にあしらい、トーマスに出発を伝えた。