36.敗戦処理と討伐隊
トーマスが話を終えると、わずかの間、場が静まり返った。その静寂を打ち破ったのは、赤毛の女魔術師レベッカだった。
「……ランディを……二人を、助けて……まだ……」
声も絶え絶えで、今にも泣き崩れそうなレベッカを、ルイーズが苦々しい表情で見ていた。砦から戻らない二人の生存は、相手が闇司祭と想定すると、期待出来る物では無さそうに思えた。ミアは俯き加減で杖を抱きかかえ、両手を組んで祈りを捧げている。トーマスは無言のままうなだれていた。
「ルイーズさん。これから、どう対処するのですか?」
宗谷は、ただ一人冷静な表情のまま、ルイーズに尋ねた。彼女は十秒程の短い間、無言で思考を巡らせていた。
「……冒険者ギルドから再依頼を出すわ。誘拐された村人三名の安否確認及び、残存した小鬼退治。これは風を断つ者達が失敗した依頼をそのままスライドする形になるけど。それに加えて、闇司祭討伐と、ギルド会員であるランディ君とバドさんの安否確認」
ルイーズは依頼内容の説明を終えて、一拍置くと、さらに報酬の説明を始めた。
「小鬼一匹につき金貨二枚。村人の安否確認で金貨一二枚。生存なら金貨五〇枚上乗せ。ここまでが風を断つ者達の依頼内容。闇司祭と思われる指揮官の捕縛及び殺害で金貨二五〇枚。ランディくんとバドさんの安否確認で金貨一二枚。生存なら金貨二〇枚上乗せ」
冒険者ギルドから、小鬼を統率していると思われる、闇司祭に金貨二五〇枚の賞金をかけた形になる。冒険者ギルドとしても決して安くない出費の筈だが、イルシュタット近くに巣食う脅威を捨て置く事は出来ないという判断だろう。
「……もし、闇司祭の討伐隊を結成するなら、俺を連れて行ってくれ。……砦の案内役が要るはずだ」
狩人のトーマスがうなだれたまま、手を上げた。依頼の引継ぎの関係上、もし動けるのであれば、当然、案内役となる彼には来て貰った方がいいだろう。
「レベッカ、お前はどうする? ……辛いなら無理をせず待っていた方がいい。お前は最初から依頼に反対していたんだ」
「……私も行く。……ランディに、早く会いたい」
レベッカは立ち上がり、魔術師の杖を握りしめると、気丈に呟いたが、身体が少し震えていた。相当無理をしているように見える。足手まといにならないかが心配だったが、風を断つ者達の一員である以上、参加する権利はあるだろう。宗谷は彼女の魔術の腕がどれ程なのかが気になった。
「白紙級の新参者ですが、もし腕を信用して頂けるのであれば、僕も討伐隊に加えて下さい。ランディくんを煽る形になり、少しばかり責任を感じています。それに山分けだとしても、その報酬額は魅力的だ」
宗谷が手を上げた。心の中では、砦で消息を絶った風を断つ者達の二名、勇者ランディと神官戦士バドの生存は厳しいかもしれないと思いつつも、もし無事であるなら、前途のある若者を救出をしたいとも考えた。
「ソウヤさん、確か恐狼を倒したと言ってたな。……もし参加してくれるなら、とても心強い。……本当にすまない」
トーマスが宗谷に頭を下げた。ランディの尻拭い役をしているらしい彼らしく、朴訥だが、誠実な印象を受けた。
「私も行きます。……ランディさんやバドさんは、きっと治療が必要な事態になっていると思います」
ミアは言葉を慎重に選びつつ、宗谷に続いて手を上げた。彼女はランディやバドが無事で居ると信じているようだった。
これで討伐隊を名乗り出たのは、宗谷とミア、それと風を断つ者達の狩人トーマスと女魔術師レベッカ。合計四人となった。
「ソウヤさんが参加してくれるなら心強いわね。でも、この依頼は白銀級以上の案件になるわ。……一人でいいから、リーダー役になる白銀級以上の冒険者をリーダーとして探して頂戴」
ランディが砦で消息不明となり、風を断つ者達からは、白銀級持ちが居なくなってしまっていた。
「そういえば、この中には白銀級が誰も居ませんね。……隣の冒険者の酒場に誰か居るでしょうか。誰か白銀級の引き受け手を探してみましょう」
宗谷が号令をかけると、壁際にもたれ掛かっていたトーマスがゆっくりと立ち上がった。ミアとレベッカも出発の支度を済ませている。
「ソウヤさん、ごめんなさい。……風を断つ者達の事、お願いします」
ルイーズが苦しそうに宗谷に頭を下げた。依頼の仲介により、この結果を齎した事を気に病んでいそうだった。風を断つ者達はイルシュタット支部で、特に期待されていた新鋭という事もあるかもしれない。
「ルイーズさん、お任せ下さい。それと気に病まぬよう。神の眼で最適解を常に選び続けることは、人間には不可能です」




