35.狩人トーマスは語る
「トーマス君? ……レベッカ……?」
ルイーズは受付のカウンターを軽やかに飛び越えると、レベッカを背負うトーマスの方に駆け寄った。風を断つ者達の四人の内、二人だけが帰ってきた事に加え、トーマスの「大変な事になった」という言葉。何か良からぬアクシデントがあったのだろう。
「……ルイーズさん、レベッカの怪我は心配無い。だが、精神的にかなり参っててな。……途中から歩けそうに無かったから、俺が無理矢理背負ってきた」
トーマスは小声で呟くと、レベッカを壁際に降ろし、自身も同じように壁を背にもたれかかり、息を整えていた。トーマス自身は目立った怪我をしていないようだが、アクシデントに加え、人一人背負い体力を消耗したのか、表情には焦燥の色が見えた。
「ルイーズさん。僕は神殿で、ミアくんを呼んできます」
宗谷は素早くギルドの入り口に向かい、外に飛び出した。その時、目的であった杖を抱えた少女が、神殿側の道から此方に向けて走ってきた。その表情には焦りの色が見え、随分と慌てているような動作であった。
「ミアくん。丁度良かった。……まさかとは思うが、神の啓示で事態がわかったのかね」
「ソウヤさん。忘れ物をしてしまいました。……私の席に、ポーチが置いてありませんでしたか?」
「……君がそそっかしくて良かった。まだ魔力は残ってるかな。緊急事態だ」
「――大地母神よ、彼の者に癒しの奇跡を。負傷治療」
ミアが神官の杖から放たれた治癒の光が、レベッカの額の傷を包み込む。傷は痕を残す事無く、綺麗に塞がった。
「上手く行きました。大地母神様。癒しの奇跡に感謝します」
「…………ミア」
「レベッカさん、今は休んでください」
震え声でレベッカは何かを言いたそうにしていたが、ミアは微笑みかけると、彼女を労わった。
「……トーマス君。疲れているところを悪いけど、状況を説明出来るかしら。小鬼に指揮官が居たのは間違いなさそうね」
「ああ。小鬼を統率してる奴が、タダ者じゃなかった。……俺には何だかわからなかったが。砦の入り口にでかい紋様があってな。それを見て闇司祭が居ると、バドが言ってた」
ルイーズはトーマスに状況の確認を始めた。バドとは確か、風を断つ者達の一人で、重々しい口調で話す、坊主頭の神官戦士だった。
「闇司祭ですって? 小鬼が信仰を持つなんて聞いた事が……」
「ルイーズさん。小鬼の指揮官が、同じ小鬼族とは限りません」
「……まさか。小鬼では無い者が村人の誘拐の指示を?」
「ええ。小鬼を指揮する方法。……要は小鬼を屈服出来るだけの力と、小鬼語が話せればいいのですから。その闇司祭が両方を満たせば、指揮官になれます」
宗谷は昔、小鬼を率いる闇妖精と戦った事を想起し、ルイーズに一つの考えを伝えた。
「その可能性もあるわね。……私の失態だわ」
「依頼を聞いた段階で、そこまで想定するのは難しいのでは。……トーマスくん、君達は、想定外である闇司祭が居ると知って、砦に突入したのですか?」
「……ああ。レベッカは一度引き返すべきと主張したんだがな。ランディとバドは、闇司祭を討つべきと主張した。俺は……中立だ。だが、今度ばかりは、否定するべきだったな」
トーマスは自嘲気味に呟き、髪を掻き毟った。闇司祭と信仰上、対立関係にあるバドなら討ちたいと主張しそうではあった。
「バドの奴は、闇司祭は邪悪な輩ゆえ、捨て置けぬ。……と言ってた。ランディはさらわれた村人を奪還したがってたが、何より依頼の達成率を気にしてた。100パーセントにこだわっていたから、冷静さを欠いてたかもしれない」
それを聞いて、ルイーズが頭を抱えた。冒険が順調過ぎる事に対する彼らへの不安が、悪い形で的中してしまったようだ。
「砦に突入後、俺達は順調に小鬼を倒した。二十匹は屠ったと思う。……そして、砦の奥にある礼拝堂に向かう途中で、レベッカが何者かに術を掛けられたのか、突然錯乱してな。……額の傷はその時ぶつけた物だ」
「闇司祭が使う混乱という暗黒術があるので、レベッカくんが受けたのはそれかもしれません。あるいは魔術、精霊術の可能性もありますが」
宗谷は闇司祭の魔法的な攻撃と想定した。そして砦に残ったランディとバド二人を相手にして、二人が制圧されてしまったのなら、相当の力を持っているだろう。
「ランディが、俺にレベッカを連れて撤退しろと指示をし、バドもそれに反対しなかった。二人を残したまま、俺は砦の外に出た……それから、いくら待っても二人は砦から戻らなかった」
トーマスは言い終えると、腰に掛けた水筒を取り出し水を飲み、うなだれた。
「俺から話せる事はこれくらいだ。……何か質問があればあれば聞いてくれ。話せる事なら話そう」




