33.風を断つ者達
沈んでいたミアだったが、昼食を取り、宗谷と談笑している内に、だんだんと気分を取り戻し、笑顔を浮かべるようになった。
「ミアくん、君にはお金を借りている恩があるね。お返しに冒険休みの暇な時、僕の持つ知識を教えよう。学んだ事は今後冒険の役に立つ筈だ」
「……もし、ソウヤさんに教えて頂けるならお願いしたいです。どんな事を教えて頂けるのですか?」
ミアの問いに、宗谷は少しの間、考え込んだ。
「……まず、最初は算数でも。金勘定があるから、足し算引き算くらいは君も出来るだろうけど、もう少しだけ複雑な計算が出来ると便利だよ」
「算数ですか。……九九までは出来ると思いますが。私にそれ以上出来るようになりますか?」
「出来るようになる。ミアくんは地頭は悪く無さそうだし、僕は若い頃に人に教えてた事があるから、心配は要らない。……まあ合間に、僕も苦手な科目を勉強をしなくてはいけないが」
「……ソウヤさんが苦手な科目って何ですか?」
「現代史。ここ、二十年の間に起きた事が、さっぱりわからない。君の方が知ってるかもしれないな」
宗谷とミアは店で食事を終え、再び冒険者ギルドに戻った。かれこれ一時間以上は経過しただろうか。
既に依頼人との話を締結したのか、ランディ御一行と村人らしき依頼人は、冒険者ギルドには居なかった。
「ルイーズさん。白紙級の冒険者証の再発行に来ました」
「ソウヤさん、お待たせして悪いわね。……ミアと食事してきたの? パスタ?」
「……おや、何故わかったのでしょう」
「ふふ、頬についてるわよ」
ルイーズは指を伸ばすと、宗谷の頬についた汚れを拭いた。
「……これは失敬。恰好悪いおじさんで申し訳無い」
宗谷は、異次元箱から、手鏡を取り出し確認すると、苦笑いを浮かべた。
「こら、ミア、指摘してあげないと駄目じゃないの」
「……すみません。ソウヤさん、つい話に夢中になってました」
「いや。僕も、気づかなかった。身嗜みは大事だとわざわざ手鏡を買ったのに、こんな事ではいけないな」
「随分仲良くなったのねえ……はい、ソウヤさん」
ルイーズは予め用意しておいた、白紙級の申請用紙を宗谷に手渡した。
「まあ、再申請といっても、やることは同じですけど」
ルイーズは、少し表情に疲れを見せていた。先程の依頼の調整が難航したのだろうか? 今のイルシュタット支部は、白金級の冒険者でもあるルイーズに、かなりの裁量権が与えられているように見える。彼女無しでこのギルドの支部は回るのだろうか。
「ルイーズさん、お疲れのようですね。ギルド運営の要なのでしょうが、御自愛下さい。……そういえば、先程の依頼、結局ランディくん達が? 確か小鬼がどうとか言ってましたが」
「ええ。風を断つ者達が引き受けたわ」
「ウィンドブレイカーズ?」
「彼らのパーティー名です。固定で組んでいますからね」
「ランディくん達パーティーの呼び名でしたか。洒落た名前ですね」
宗谷はその名から、防寒用のスポーツウェアを想起したが、この世界には存在しないので、特に言及はしなかった。
「小鬼と思われる怪物の集団に村を襲撃され、村人が三名誘拐された。小鬼は、村から一時間程離れた古い砦を根城にしている。小鬼討伐と村人救出。という内容」
ルイーズが宗谷に、ランディ率いる風を断つ者達が受けた依頼内容の詳細をまとめた依頼書を見せた。
「村人の誘拐ですか。ただの小鬼退治では無いのが、厄介そうですね」
「……そこなのよね。小鬼にしては、知恵が回っている」
「小鬼に統率役がいる。ですかね?」
統率が取れた小鬼の群れには、小鬼呪術師や小鬼王といった、上位種が存在する可能性が高くなる。両方とも小鬼とはいえ、戦闘力と知能がそれなりに高く厄介な手合いだった。
「そうね。……本来、小鬼だけなら青銅級が対応するべきなのだけど、状況と内容から白銀級以上の案件としたわ」
「僕とミアくんでは、いずれにしろ受けられなかったという事ですね。まあ、帰ったばかりなので、これから休む予定ですが。……白銀級の案件という事は、ランディくん達は中々優秀なのだね」
「風を断つ者達はランディ君だけ白銀級なのよ。他の三人は、まだ青銅級だけどね。彼は邪竜殺しの勇者アンセルムの末裔で、聖気の使い手だから。かなりセンスは高いわ」
勇者アンセルムの末裔となれば、素養はあるのだろうと思っていたが、やはり剣の腕は立つようだった。
「……そういえば、伝言です。トーマス君が、貴方とミアに謝ってたわ。あの大柄な弓持った男の子ね」
「トーマス……ああ。彼か。狩人風の」
宗谷は長弓を背負った、声の小さい、大柄の男の姿を思い出した。
「そう。ランディ君とトーマス君、レベッカもだけど、村の幼馴染でね。ランディ君の失礼は、彼が謝る役になってたりするわ。……まあ、色々大変。ミアの事もあったけど、実力を鼻にかけて、他の冒険者と衝突する事もあってね」
ルイーズはため息をついた。ランディは彼女の悩みの種でもあるのだろうか。
「確かに少し自信過剰な所がありますね。それだけの実力はあるのでしょうが」
「ええ。風を断つ者達は現段階で依頼成功率が一〇〇パーセント。白銀級まで無傷で駆け上がれる人ってそうは居ないのよ。鼻にかけるだけの結果は出してるし、ギルド内での評価は高いわ。……それだけに、心配」
風を断つ者達は、イルシュタット支部でも相当期待されているようだった。そして、危うい態度のランディに対するルイーズの不安もよくわかる。
「……まあ、勇者アンセルムも、性に開放的な人間だったそうで。勇者という者は我が道を行く存在なのかもしれないね。……ところでルイーズさん、ギルド内の空いてる机を借りていいでしょうか? ミアくんに使わせたいので」
「ミアはギルドの正会員だから、もちろん構わないですけど。何に使うんですか」
「依頼待ちの間、ミアくんに学問を教えようと思いまして。彼女にお金を借りて、何もしないという訳にはいかないので」
宗谷の説明に、ルイーズは笑みを浮かべると、少し綻んだような表情でミアを見た。
「ミア。やるじゃないの。……ソウヤさんは相当頭良さそうだし、しっかり教えて貰いなさい」
「……少し心配です。今までお祈りばかりで、それ程勉強はしてこなかったので」
ミアは宗谷とルイーズに不安そうに言った。
「大丈夫よ。貴方、頭は悪くない筈よ。休憩中、たまにちょっかい出しにいっていいかしら?」
「ルイーズさんの息抜きになるならばどうぞ。……おや、お客さんのようだ」
ギルドの入口から依頼人らしき男が現れ、ルイーズは受付の対応に戻った。別の冒険者の集団も酒場の通路側からやってきている。また、依頼の調整で忙しくなりそうだった。
「おやおや、忙しそうだね。……しまった。また白紙級の申請が後回しになりそうだ」
宗谷は空いたテーブルに座ると、インクとペンを取り出し、申請用紙に記入を始めた。