30.とある冒険者御一行
(おや、冒険者か……)
宗谷は入口からやってきた四名の冒険者を観察した。
張りのある美声を上げたのは、やや背の高い金髪の若者だった。腰に長剣を吊るし、身体に金属製の胸当てを纏っている。質の良さそうな赤い外套を羽織り、左手に凧型盾と、見栄えのする格好をしていた。
次に赤毛のポニーテールの女。顔の真ん中にある、そばかすが特徴的で、魔術師の杖を両手に抱え、ローブを羽織っている。
後ろに続いたのは、眠たそうな目をした、茶髪の大柄な若者で、長弓と革鎧で武装し、腰に矢筒を下げ、狩人っぽい装いをしている。
最後に入ったのは、中肉中背の坊主頭の男。入室後、壁際で足を止めると目を閉じ、立ったまま瞑想を始めていた。腰に戦鎚を吊るし、鎖鎧を纏い、円形盾を背負っている。首からは戦神の聖印が掛けられていた。
(……ふむ。戦士。魔術師。狩人。神官戦士……と言ったところか)
宗谷は四名の冒険者達に、そう仮名を付けた。
「あら、ランディ君。お帰りなさい。護衛依頼はどう? 上手く行ったかしら」
「ルイーズさん。良い仕事を紹介してくれてありがとう。とても楽な仕事だったよ。ふふっ……いや、でも、戦闘が一切無かったのが不満だったな」
ランディと呼ばれた戦士の若者は、ルイーズに依頼人が発行したと思われる証書を渡した。その顔には、物足りなさそうな表情が浮かんでいた。
「……はぁ、ランディ、何言ってんのよ。バッカじゃないの? 戦闘なんて無い方がいいに決まってるじゃない」
ランディの隣に居た女性の魔術師が、馬鹿にするような口調で言った。やや声が高く、神経質そうな印象を受ける。
「レベッカ、そうは言うけどね。途中で戦闘があれば、報酬に色を付けるって話だっただろう? 欲しかったな、ボーナス」
魔術師は、レベッカと言う名前らしい。そして、ランディは、戦闘がしたかったという考えを改める気は無いようだった。
「まぁまぁ、二人とも喧嘩は止せよ。全く……早くルイーズさんから報酬貰って、さっさと飯にしようぜ」
ランディとレベッカを諫めたのは、狩人風の大男だった。ぼそぼそと呟くと、大きく欠伸をし、眠たそうな表情を浮かべていた。
「トーマス。君は図体はでかいが、熱意が足りないな。勇者たる私の仲間なんだ。しっかりしてくれたまえ」
ランディの口からは、勇者という気になる言葉が飛びだした。もしかしたら勇者の血筋の者なのかもしれない。
神官戦士の坊主頭は、それらのやり取りに興味がないのか、ひたすら瞑想を続けていた。
「こらこら、喧嘩しないの。それで、報酬はどうするの? ……えっと、全部金貨でいいのね。それじゃ六〇枚渡すわよ」
ルイーズが金庫を開錠し、金貨の準備をしていた。ナイトグラス採取が金貨三○枚の仕事だったので、何事もなくても、その二倍に当たる金貨六○枚は、結果的にかなり割の良い仕事だったと言えるだろう。
(ふむ、勇者か。懐かしい響きだが……ところでミアくん。そんなところに隠れて、一体何事かね)
宗谷の真後ろに、いつの間にかミアが隠れていた。背にそっとしがみついて、気配を殺している。どうやら、やってきた冒険者の誰かを警戒しているようだった。
しかし、その隠れた甲斐も虚しく、丁度部屋を見回したランディの視線が、宗谷の背から、はみ出てたミアを捉えた。
「おや、大地母神の神官衣……そこに居るのは、ミアじゃないか!」
ランディの張りのある美声が、ギルド内に響き渡る。部屋に居る冒険者全員の視線を、ランディとミアが集めた。
「もうやだ……死にたい気分になってきました」
ぼそりと呟くミアの、心底嫌そうな声と虚ろな表情。宗谷は以前聞いた事をおぼろげに思い出していた。確か、交際を前提に仲間になって欲しいという冒険者が居たとミアが言っていたが、彼の事だろうか。
「ミア。姿を見せないから、心配していたんだ。あの、冒険者、辞めてなかったんだね?」
「……ええ。あの、一応、続けてますけど。何か」
「……良かった。私のせいで冒険者を辞めてしまったのではないかと心配してたんだ。こないだの事はすまない。ルイーズさんにも、うんと叱られてね。本当に私がどうかしてた」
ランディが深々と頭を下げた。だが、ミアは上の空で、意識が明らかに別の方に向かっているようだった。
宗谷は辺りの様子を見ると、後ろにいる赤毛の女魔術師レベッカが、恨みがかったような目付きでミアを睨んでいた。
(……おやおや。なるほど)
宗谷は眼鏡を抑えた。レベッカの態度で、ある程度の人間関係が想像出来た。ミアが近づきたくなくなる理由もわかる。
レベッカの横では、大男の狩人トーマスが、困ったような表情で、居心地悪そうにしていた。
神官戦士の坊主頭は、相変わらず、我関せずと言った感じで、目を閉じて瞑想を続けている。
「……ミア。もしよければ、私達のパーティーに入らないか? 神官の一人旅なんて、危険極まりないだろう」
ランディは後半部分では正論を吐きつつ、ミアをスカウトしようとしていた。
「ランディさん。あのですね……今、私は、ソ……」
ミアがランディに断りを入れようとしたその時だった。
「ランディ、私は反対よ。大体、神官なら、バドがいるじゃない」
レベッカが冷たい声で言い放った。バドとはおそらく、瞑想している坊主頭の神官戦士の事だろう。
「レベッカ。ミアは貴重な専業の神官なんだよ。パーティーの将来を考えると、絶対彼女は有用なんだよ」
ランディは、尤もらしい事を言い、レベッカを説得しようとした。
「……我も反対だ。戦神を信ずる我からすると、大地母神の神官は軟弱者ばかり。どうにも好かぬ」
瞑想し沈黙を保っていた、坊主頭の神官戦士バドがようやく口を開き、重々しい声で呟いた。唐突な、大地母神を馬鹿にした言葉に、ミアの表情に陰りが見える。
「トーマス! レベッカもバドも反対するんだが、君はどうなんだ!?」
ランディが、半ば自棄気味に、演技がかった声で、トーマスに聞いた。
「俺は中立……つーか、ランディ、お前、ミアの意思ってものが……」
トーマスは空気の悪さを察したのか、積極的に関わりたくないようだった。この中ではまともそうではあったが、声が小さい。
ミアはすっかり気を悪くしたのか、ひどく落ち込んでいた。嫌なトラウマがよみがえって来たのかもしれない。
(やれやれ、勝手な連中だ……幽霊を成仏させられるミアくんも、複雑な人間関係だけは、どうにもならないか)
宗谷は助け舟を出す為、大袈裟に両手を広げ、冒険者たちの目の前に現れた。
「冒険者の皆さん、お初にお目にかかります」
「おや……貴方は?」
ランディが、ようやく宗谷の存在に気づいたようだった。さっきからミアのすぐ近くにいたのだが、どうにも眼中に無かったらしい。
「ランディくんですね。僕は……おや、しまった」
宗谷がスーツの胸ポケットから、白紙級の冒険者証を取り出そうとしたが、スレイルの森の焚き火で燃やした事を今になって思い出した。
「……と、ルイーズさん、実は白紙級の冒険者証を燃やしてしまいました。また作り直してほしいのですが」
宗谷が薄笑いを浮かべると、会話を盗み聴きしながら、事務作業していたルイーズが、カウンターから冷やかな目で宗谷を見た。