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24.木が生い茂る湖畔にて

「……おや、こんな崖の上に湖畔があるとは。メリルゥくん、君が見つけたのですか?」

「ああ、そうだ。わたししか知らないだろうな。……なんせ、この森を隅々まで探索しようなんて奴を、自分以外にお目にかかった事がないからな」


 メリルゥは少し誇らしげだった。言う通り、林道の道外れの木々を分け入って、さらにそびえ立つ崖を登ろうという、酔狂な人間は確かにそう多くは居ないだろう。


「……ほら、ソーヤとミアの目的はアレだろ。確認してみてくれ」


 メリルゥが指差した先、生い茂った木々が空を覆って日陰を作った場所に、ナイトグラスが、確認出来る範囲で、四本咲いているのが見えた。周辺をもっと良く探せば、残り目標である十五束くらいは、あっさりと採集出来そうである。


「……なるほど。確かに群生しているね。メリルゥくん、助かったよ。これならば、すぐに依頼分は集められそうだ」

「メリルゥさん、本当にありがとうございます。今度イルシュタットで、何かお礼させてください」

「まあ、約束だからな……それじゃ、今度は、わたしの友達に会ってくれるな。こっちに来てくれ」


 メリルゥはお礼の言葉を述べる宗谷とミアに対し、少し照れたような表情を浮かべると、湖畔の水辺へ向けてゆっくりと歩き出した。



「おーい、また来てやったぞ。少年ー!」


 だんだんと湖畔に近づき、いよいよ水際まで迫って来た時、メリルゥが突然大声を上げた。目の前には、水辺の他に、一本の大樹と、大きな切り株が見えた。


「おや、少年とは……メリルゥくんの友達は、男の子なのかね」

「……なんだよ。ソーヤ、わたしに男の友達がいたら悪いか?」

「いえ、そんな事は。他意はありません」


 メリルゥの声が届いたのか、水辺の近くにある大樹の脇から、少年の姿が現れた。茶色の髪、半袖半ズボンの格好で、背丈はミアやメリルゥと同じくらいの、小柄な体格である。


「……よぉ、少年。何日かぶりだな。今日は知り合いを二人連れて来たよ。ソーヤとミアって言うんだ」


 メリルゥが声をかけるが、少年は、ぼそぼそと聞き取りづらい、よく分からない単調な言葉を呟いている。


「……相変わらず、何を言ってるか分からないな。……いい加減、わたしの言葉を覚えられないのか?」


 宗谷は、メリルゥと少年のやり取りの様子を見て、思わず顔を抑えた。メリルゥから話を聞いた時から感じてた違和感。それは実際、目にすれば、一目瞭然であった。


「あの、メリルゥさん、彼は……」


 ミアも少年の異変に気付いたのか、浮かない表情で、両手で口を押えている。


「ああ、わたしの友達だよ。……でも、言葉はロクに通じないし、こいつはここから動けない。……一体、何が原因なんだ?」


 ぼんやりとした表情を浮かべている少年の身体は、半分、透明だった。




「メリルゥくん、彼は幽霊(ゴースト)です。もう既に死んでいる。……その場を離れられないという事は、地縛霊なのだろうね」


 水辺の傍の大樹に佇む少年を横目に、宗谷は静かにメリルゥに告げた。


「そうか。……まあ、何となく、おかしいとは思ってたよ。……だけどな、ソーヤ。本当に死んでるのか? 見てろよ」


 メリルゥは切り株に腰をかけ、リュックサックの中からオカリナを取り出して、唐突に演奏を始めた。オカリナが郷愁的な音色を奏でると、幽霊(ゴースト)の少年の顔が、ほんの少し微笑んだように見えた。


「見たか。この少年は、この演奏がちゃんと、わかるんだぜ。……わたしがオカリナを吹くと喜ぶんだ。それなのに、死んでるっていうのかよ」


 演奏を終えたメリルゥが、やや感情的に宗谷に反論した。


「ええ、生前の事に興味を持つ幽霊(ゴースト)というのは、別に珍しくはない。仮に少年が音楽が好きであれば、演奏に感銘を示す事もあるでしょう」


 宗谷は淡々とした口調で、メリルゥに返答した。


「いったい、死って何だよ。もしソーヤの言う通りだとしたら、この少年は、いつからここに居て、いつまでここに居るんだ。……もし、わたしがここに来なかったら、ずっと人知れず、ここに居続けたのか?」


 切り株に座っていたメリルゥが肩を落とした。大樹の傍で佇んでいる少年は、困ったような、ぼんやりとした表情で、メリルゥを見ている。

 宗谷は、メリルゥと少年、その二人の様子を見て、やがて何かを決意したような表情で、メリルゥに話かけた。


「メリルゥくん。僕はこの少年から、話を聞いたり伝えたりする手段を持っている。どうしますか?」


 宗谷の提案に、メリルゥが即座に反応した。


「ソーヤ……本当か?」

「嘘は言いません。ただ、彼をどうにか出来る訳ではない。彼がこれからどうしたいか、意思を確認する事は出来ますが」


 メリルゥは希望と絶望が入り混じったような表情で、呆然と宗谷を見上げていた。


「ソーヤ、たのむ。この少年を助けて上げてくれないか。わたしに出来る事なら何でもするから……」


 やがて、震えるような声で、メリルゥは、宗谷に頭を下げた。


「頭を上げてくれ。メリルゥくん、君は暗いのは似合わないな」


 宗谷はメリルゥを慰めるように肩を叩くと、これから行う大仕事に向けて、深呼吸をした。


「ソウヤさん、幽霊(ゴースト)と会話なんて、出来るんですか……? 霊話(スピリットスピーク)は、高司祭(ハイプリースト)でも、出来る人は限られています」


 ミアが心配そうに宗谷に尋ねた。霊との対話の為の術、霊話(スピリットスピーク)は、神聖術の中でも高位に当たり、当然ミアもまだ行使する事は出来ない。


「くっくっ、ミアくん。僕がメリルゥくんに、でたらめを言ったと考えているのだろう。確かに少年の言葉を聞いたふりをして、適当にのたまえば、それっぽくはなるが」

「ちっ、違います……そういうつもりじゃないですよ。ですが、霊と会話するというのは、そんな簡単では無い筈なんです。一体、どうするつもりですか?」

「一応、霊話(スピリットスピーク)とは別の方法を一つ知っている。まあ、それなりに、リスクがあるのだが……可愛いメリルゥくんのお願いという事で、何とか叶えて上げたいと思います」


 宗谷は薄く笑うと、突然、仰向けになって、草むらに倒れ込んだ。


「ミアくん。済まないが、僕の身体を見張ってて貰えないだろうか。三分間経過したら、身振り手振りで教えてくれると助かるな。下手すると戻れなくなるので」

「……まさか、ソウヤさん」


 その言葉と倒れ込む動作で、ミアが宗谷の別の方法に気づいたようだった。高司祭(ハイプリースト)が行使する、神聖術の霊話(スピリットスピーク)幽霊(ゴースト)と対話をする手段の一つ。そして、宗谷の行おうとする、魔術的なもう一つの方法。それは、自らが幽霊(ゴースト)に極めて近い状態になる事だった。


「――魔よ、我が魂を、身体から解き放て。『霊体化』(レイスフォーム)


 宗谷の魂が、肉体(からだ)から離脱した。




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