22.メリルゥの提案
「さて。……おや、向こうも終わったか」
宗谷は恐狼を始末した後、周辺を見渡すと、足止め役を務めていた風精霊が、五頭の灰色狼を片付け終えていた。
「よくやった。風精霊、もう帰っていいぞ!」
透明化を解除し、姿を現したメリルゥが叫ぶと、風精霊の身体は空気に溶けるように、うっすらと消えていった。
「流石は風精霊。灰色狼五頭程度では全く相手にならないようだ。メリルゥくん、風精霊を召喚出来るなんて、君は大したものだよ」
宗谷は両手を打ち鳴らして、メリルゥを褒めたが、彼女は、怪しげな者を見るような、何処か不満そうな表情を浮かべていた。
「おい、ソーヤ。それはこっちの台詞だよ。……どう見ても白紙級の実力じゃないだろ。……ホント、おっかないオジサンだな」
「悪いね。騙したつもりは無いし、白紙級なのも嘘ではない。まあ、それはともかく、君の弓矢の援護のお陰で、無傷で戦闘を終わらせられた。ありがとう」
満月により狂暴化した恐狼が率いる狼の群れを、誰も負傷する事無く撃退出来たのは、大勝利と言っても良い結果であった。
「……まあ、わたしが役に立ったなら良かったよ。……おい、ソーヤ、何でニヤけてんだ」
「いえ、メリルゥくんが恐狼に迫られた時の、慌てっぷりが微笑ましかったので」
宗谷は慌てふためくメリルゥを思い出し、眼鏡ごと顔を押さえ、笑いをこらえていた。
「おっ……おい、ソーヤ……ちがうっ、あれは、慌てたフリだよ!」
「恐狼相手に? くっくっ、それは可愛らしい事だ」
「……あっ、あああ、おい、子供扱いしたな……ううう、森妖精をなめるなよ、わたしの方が年上なんだぞ!」
薄く笑う宗谷を見て、メリルゥは地団太を踏みながら歯軋りし、顔を真っ赤にしながら睨みつけた。
「……ソウヤさん、メリルゥさん、無事でしたか? 回復の準備をしていましたが……御怪我は無さそうですね」
ミアは二人の傍に来て、怪我がない事を確認すると、若干申し訳なさそうに言った。
「ミアくん、お疲れ様。君が動かずに済むという事は、怪我人が居ないという事だ。悪い事ではない」
「……ええ、そうですよね。大地母神様。此度の無事を感謝します。斃れし狼の魂に安寧を」
ミアは目を瞑ると、短く神への祈りを捧げた。
「……おい、ミア。このソーヤって奴は強いが、ちょっとイジワルだな?」
「えっと、そんな事は無いですよ。ソウヤさんはとても良い人です」
「狼のやっつけ方もえげつないし、あれだ、絶対キチクなとこあるぞ」
ミアは思い当たる節があるのか、少し困ったような表情を浮かべた。
「……ソウヤさんは私の命の恩人ですから。意地悪されても平気です」
「なんだよ、ミアは、かなりソーヤに惚れ込んでるんだな。……女誑しってヤツか。どこかでオンナを泣かせてたりな」
頑ななミアに対し、メリルゥは少し呆れ声で、ついでに宗谷にも嫌味を言った。
「――メリルゥくん、つい揶揄ったのは謝るよ。少しばかり耳が痛いから、勘弁して貰えると助かるね」
宗谷は苦笑いを浮かべ、肩をすくめると、石塊兵の方を向いた。
「命令。斃した狼を全て埋葬するように」
宗谷が命令すると、恐狼の身体を抑えていた石塊兵が立ち上がり、倒れている狼を片付け始めた。
「おお……なかなか便利なんだな、狼の後始末はコイツに任せていいのか?」
「実は石塊兵は、こういった単純労働が一番得意でね。戦闘においては、鈍重かつワンパターンなので、頭の良い相手には行動を見切られやすいのだが」
宗谷はそう言いながら、洋刀の汚れを拭うと、鞘に納め、異次元箱の中にしまい込んだ。
「さて、労働は石塊兵に任せて、僕達は食事を再開しよう。折角、メリルゥくんが用意してくれたスープが冷めてしまう」
三人は再び焚き木を囲うように座り、食事を再開した。メリルゥの用意したスープは、元々三人前には少し足りなかったので、あっという間に空になった。
「メリルゥさん、御馳走様。本当に美味しかったです。こんな手間暇かけて作ったものを分けて頂いて良かったのでしょうか?」
「……ああ、構わないさ。まあ、一人で食べるには、多すぎるくらいだったから。丁度良かったよ」
メリルゥは大きなミトンを手にはめると、焚き木にかけた鍋を下ろし、調理道具の片付けを始めた。
「御馳走様。いや、美味しかった。お金を出してもいいくらいだ」
「ソーヤ、これはギルドの先輩のオゴリだぜ。遠慮はするなよ」
「では遠慮なく。ところで、メリルゥ先輩。狼の襲撃で有耶無耶になってしまったが、僕達に何か言いたい事があったのでは?」
宗谷は狼の襲撃前に、メリルゥが何かを言いたそうにしていた事を思い出し、その事を聞いた。
「ん……ああ。オマエ達が、ナイトグラスを集めてると言ってたからさ。どれくらい集まったんだ?」
「冒険者ギルドから受けた依頼の目標が三〇束ですね。半分の一五束の採取を終えました。明日、残り半分を探そうと思っています」
ミアがメリルゥに、ナイトグラス採取の進歩状況を答えた。
「そうか。……わたしは、ナイトグラスの群生する場所を知っているんだ。一五束なら、間違いなくまとめて取れる。もし良ければ、秘密の場所に案内するぜ」
メリルゥが二人に提案をした。もし群生する場所が本当に存在し、メリルゥに案内して貰えるならば、今後を考えても、相当おいしい話ではある。
「メリルゥくん、それが本当なら助かる。だが、その提案は君にメリットが無い。代わりに僕達に何か頼みたいのではないかね?」
特定の野草が取れるポイントは、それだけで貴重な情報であり、ただで教えてくれるというのは考え辛く、彼女に案内する目的が何かあるのではないか。
宗谷の質問にメリルゥは暫く沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。
「…………ああ。重要なのはそれだよ。ソーヤの言う通り、二人に頼みがあるんだ。……わたしの友達に会ってくれないか? ナイトグラスが群生するトコの近くに居るんだよ」
そう呟いたメリルゥは、何処か虚ろな、遠い目をしていた。