21.月に吠える戦い
キャンプ場に、狼の足音が近づいていた。
「――石塊よ。兵と化し我が命に従え。『石塊兵』」
宗谷は詠唱を終えると、先程立ち上がる前に掴んだ石塊を虚空に放り投げた。すると、石塊が体長2メートル程度の、石造りのゴーレムに変化した。
「命令。自壊するまで、彼女を守れ」
続けて、宗谷が命令を下すと、石塊兵は、ミアを守るような防御態勢に入った。
「ソウヤさん、これは……」
「その石塊兵は守りに長けている。こないだ伏兵を失念した反省と対策だ。ミアくんはその場を動かないように。僕やメリルゥくんが怪我した時、すぐ回復が出来るように備えてくれるかね」
宗谷の言葉にミアは静かに頷くと、何時でも動けるように、神官の杖を握りしめた。
「……なんだ、ソーヤ。あんなの出せるなんて、初心者にしてはやるじゃねーか」
「見掛け倒しだよ。力はあるが鈍重で戦闘にあまり向かない。だが、大きさに怯んでくれる獣相手なら、護衛としては効果覿面だ」
「それじゃ、わたしが、大した物を出してやるぜ。見てろよ」
メリルゥは自信あり気にニヤリと笑うと、精霊術の詠唱を始めた。
「期待させて貰うよ。……おや、来たか」
キャンプ場の入口から、灰色狼の群れが飛び込んできた。群れは十頭余り、その内の一頭に立派な体格を持ち、銀色の体毛を持つ狼が混ざっている。
「やはり恐狼か。これが狼を統率しているならば、焚き火を恐れてくれる事は無さそうだ」
宗谷は洋刀を鞘から抜き、迫りくる狼の集団に備えた。
「――四方に吹く風の精霊よ。メリルゥの名の契約を以て、その姿を顕現しろ。『風霊召喚』!」
狼の群れがこちらに迫る前に、メリルゥの精霊術が完成し、渦巻く旋風と共に、四大精霊の一体、風精霊が姿を現した。
「いけっ。存分に、暴れてこい!」
メリルゥが叫ぶと、透き通った乙女の姿をした風精霊は、身体を突風に変化させ、狼の群れに飛び込んでいった。
(風霊召喚……精霊召喚が扱えるならば、かなりの精霊術の使い手だな)
宗谷はメリルゥの行使した召喚に感心した。呼び出された風精霊は、先ほど宗谷が作り出した石塊兵よりはるかに強い。自信あり気なだけはあり、白銀級の実力に偽りは無いだろう。
迫る灰色狼の集団のうち半分、五頭程を風精霊が足止めしたが、恐狼を含む残り五頭が、壁をすり抜けて此方に向かっていた。
「……ちっ、数が多すぎる」
「流石に風精霊一体では、全ては止めきれないでしょう。残りは五体。僕が抑えよう」
舌打ちするメリルゥを後目に、宗谷は左手を狼の群れに向けて突き出した。
「――魔の蛇の群れよ、目標を追尾し喰らい付け。『追尾魔力弾』」
左手の五指から同時に放たれた五発の魔弾は、五頭の狼に向けて散開し、それぞれが精確に狼の身体を捉えていく。弾ける炸裂音。そして獣の咆哮。
「……仕留めそびれたか。やはり簡単にはいかないな」
宗谷の放った五発の追尾魔力弾は、四頭の灰色狼を一撃で沈黙させたが、首領格である恐狼だけは、魔弾の直撃にも全く怯む事無く突撃してきた。
「メリルゥくん、あの恐狼は魔法に対する抵抗力が高い。始末するのに手間がかかりそうだ。援護を頼むよ」
「おい、ソーヤ。そんなもん使えるのか? オマエ、魔術師だろ……」
メリルゥは、宗谷の構えた洋刀を見て、心配そうに言った。
「何、心配はいりません。多少武術の心得があるので」
「オオオオオオオオオオオオォォォォ――」
恐狼が満月に向かって吠えると、追尾魔力弾の炸裂により出来た裂傷が、煙を立てて再生し始めていた。満月吠と呼ばれる特殊能力である。時間をかけるのは得策と言えない状況で、宗谷は躊躇う事無く接近を始めると、黒眼鏡を指で抑え、弱点看破の機能を発動させた。
(弱点看破は首か。……切断すれば、確かに殺せるだろうが)
宗谷は恐狼の首を狙って洋刀で斬りつけたが、狙い通りに当てる事は出来ず、刃は恐狼の身体や脚を浅く斬り裂くに留まった。そして、外れた部位に出来た切傷は、再び煙を立てて塞がっていく。想定以上の傷の再生速度。そして魔法に対する抵抗力の高さ。紛れもない強敵である。
(──浅い傷は無意味か。だが)
恐狼の爪による反撃を、宗谷はサイドステップでかわすと、大きく息を吐いた。
(深く踏み込めば、反撃の回避が難しくなる。弱点の首を切断したい処だが、簡単ではないな。……あれを使うか?)
宗谷は次の一手として考えた、あれとは、以前ミアに使った事がある熟睡だった。賭けになるが、上手く魔法がかかれば一発で戦闘が終了する。ただ、魔法の行使に恐狼に接触する必要がある上、魔法を抵抗された場合、牙や爪の手痛い一撃を食らう可能性が高い。
(……さて、多少のリスクはあるが、熟睡を試すべきか)
「ソーヤ、そっち行ったぞ! くらえー!」
宗谷が行動を決めようとした刹那、メリルゥの放った矢が、恐狼の左目を見事に貫いた。恐狼の呻くような咆哮が響く。
「みたか、やったぞ!」
会心の一撃に喜ぶ、メリルゥだったが、矢が刺さった恐狼の目から、今までと同じように再生の煙がたち上っていた。そして、刺さった矢が抜け落ちると、その下からは真っ赤な新しい目が形成されていた。
「うっ……うわっ、なんだ、バケモノかよ!」
恐狼は攻撃目標をメリルゥに変更し、突進を始めた。
「わ、わ、わ、おい、こっちに来るなー!」
「メリルゥくん、隠れるんだ。僕達から姿を消したように」
メリルゥは宗谷の言葉に気づくと、弓を放り投げ、慌てて精霊術の詠唱を開始した。
「――小さき風の精霊よ、わたしの姿を虚空に溶かせ。『透明化』!」
恐狼の視界から、突然メリルゥが消えると、恐狼は、暫し消えた目標を索敵していたが、やがて諦めたように、宗谷の方に振り向いた。宗谷は戻ってくる恐狼を目を細めて睨みつけた。
「恐狼とは言った物だ。名前に違わぬ、恐ろしい再生能力。だが、メリルゥくんのお陰で距離を取れた」
宗谷は薄く笑うと、魔術の詠唱を始めた。恐狼は徐々に加速を始め、宗谷のすぐ傍まで肉薄すると、喉笛に食らいつこうと地面を蹴り、飛び上がった。その刹那。
「――目に映りし、万物を我が手に。『物質転移』」
宙に浮かぶ恐狼の頭上に、ミアを護衛する命令を下していた、石塊兵が瞬間移動した。恐狼は、落下する2メートル級の石塊兵の下敷きになり、地面に打ち付けた身体から、ひしゃげるような鈍い音が響いた。
「命令。恐狼を抑えつけろ」
下敷きから解放されたい恐狼だったが、新たな命令変更を受けた石塊兵に抑え込まれ、脱出が出来ない。憤怒の咆哮を上げる恐狼の口からは、傷ついた内臓の再生が追いついていないのか、血が泡立って漏れていた。
「小細工して済まないね。せめて一刀で」
宗谷は洋刀を上段に構えると、研ぎ澄ました鋭い一振りで、無防備になった恐狼の首を跳ね飛ばした。




