123.依頼前夜の夕餉
イルシュタットから三日の距離にある、ロロアの街への出発は明日の朝。
そこまでの依頼人の護衛も仕事に含まれているようである。
イルシュタットと王都ドルドベルクを結ぶ大街道は、旅人の往来の多さから比較的安全といって良かったが、警戒するに越したことはない。
その日の夕方、冒険者の酒場で、宗谷、ミア、メリルゥの三人は食事をしていた。
休暇中の食事はまちまちだが、三人揃うのは珍しい事ではない。すっかりパーティーとしての認識がなされ、ミアやメリルゥも以前のように誘いの声をかけられる事がなくなったようだった。
「なに拗ねてんだよ。ミア、仕方ないだろ、ソーヤはモテるんだ」
「別に拗ねてなんていません……ソウヤさんの事は私には関係ありませんから」
冒険者ギルドでの一件から、ミアは少し拗ねたような、あるいは戸惑っている様子で、御互い上手く会話ができないでいた。
宗谷としても、何かを言っても白々しくなりそうで、話題を振らずに黙々と食事をしている。以前にもシャーロットの話をした事があったが、その時と比べて彼女の中で心境の変化があったのかもしれない。
目の前の話題は、ともすればミアを含めた複数の女性を誑かすかのような内容であるが、それを咎める事はしなかった。
以前ならば、聞き耳を立てている周囲の客を気にかけていたが、リンゲンでの過酷な体験もあってか、宗谷は以前ほど自らの風評を気にしなくなっている。
開き直ったつもりはないが、あの破滅的な出来事と比べ、体面にこだわる事が些末な事のように思えてくるのである。宗谷は救援で唯一見つけられた、少女の姿をぼんやりと思い起こしていた。
全てはあの赤い角の悪魔の存在がくすぶり続けているのが原因なのだろう。
夢にまで出てくる灰塵と化した光景と、赤角が同胞の白銀の魔将を捕食する姿。
あれさえ仕留める事が出来れば、また自分の中で何かが変わっていくかもしれない。宗谷は思考を打ち切って、明日の依頼の事を考え始めた。
すると、食事を終えたメリルゥが席を立ち、宗谷の方に近寄ると、耳元に顔を近づけて囁き始めた。
「おい、ソーヤ。……黙ってないでミアを慰めてやれよ。オマエにヤキモチ妬いてるんだよ」
「今はどう声をかけていいのかわからない。白々しい事を言いたい気分じゃないんだ」
「部屋に誘ってシャーロットと同じ事をしてやったらいいだろ。魔将殺しの英雄様なんだ。二人、……いや三人くらい気にするなよ。……わたしなんかはどうだ」
ジト目のメリルゥが、周囲に見せつけるように宗谷の腕を掴んだ。
大胆とも言えなくもない行動だったが、彼女の場合、周囲からは酔っぱらっているの一言で済まされそうだった。
メリルゥもリンゲンの一件からより心境の変化を起こしている。ミアと一緒に泊っている部屋で、彼女に甘える事が以前よりさらに増えたらしい。
そういった行動は、おそらくは生命樹の呪いに起因する帰属本能に抗い、代わりの拠り所を求めている事が原因なのではないかと思う。
この呪いは森妖精全体に横たわる非常に重い問題なので、宗谷は邪険にしようとは思わなかった。呪いではなく、あくまでメリルゥが酔った上での行動という仮定で話題を合わせる。
「メリルゥくん、また酔っているのか」
「わたしは酔っていないよ。赤葡萄酒だって明日の仕事に備えて一杯しか飲んでいない」
「そんなに人肌が寂しいのかな。ミアくんが部屋で君に甘えられて大変だと言ってたよ」
「それを言うのかよ。……そういうソーヤだって出会った頃、ミアと同衾したらしいな」
メリルゥの囁きを淡々と受け流し、冷静を装ってた宗谷が、突然の話題に表情を変えた。
「……ミアくんに聞いたのか?」
「そうだよ。ソーヤ、その状況で何もなしってどうなんだ」
顔をしかめる宗谷を見て、メリルゥがにやつくように笑っていた。
一本取られた気がする。
「まあ、悪い気はしなかった。……やれやれ、勘弁して欲しいな。あの時は一人部屋しかない状況で、お互いに酷く疲れていたから」
目の前に居るミアを見た。彼女が先程から、ちらちらと様子を窺いつつ、小声での会話に耳を立てているのがわかった。
先程のメリルゥの話は異世界転移して間もなくの一カ月以上前の話だったが、やけに遠い昔のようにも感じた。この世界の事で考えが満たされ、サラリーマンだった頃の事は、ほとんど思い出せなくなっていっているせいかもしれない。
「これくらいにしておくよ。甘えて悪かったな。……そういえば、シャミルの奴はどうしたんだ。……リンゲンの女の子の面倒見る為に、ルイーズの処に居候してるって聞いたな」
元の席に戻ったメリルゥが、姿を見せない妖精猫について宗谷に尋ねた。
「今は冒険の最中だよ。冒険者登録を終えてセイレンくんとフィリスくんのパーティーに助っ人として参加している。白紙級の身だが、報酬は対等という条件だ。その上、僕は紹介料まで貰ってる」
「新人としては破格の条件だな。……どうなんだシャミルは。あの二人に付いていけるのか?」
「何度か戦って貰ったが良い動きを見せていた。魔術と精霊術のレベルもかなり高い水準だし、武器を手に戦わせても動きが機敏だ。ダガーを用いた高速戦闘が上手い。……流石に赤角に対しては畏怖していたが」
リンゲンでの記憶を辿りながら、シャミルの評価をメリルゥに伝えた。
実力だけでいえばついていく事は可能だろう。問題はやはり相性である。
「……シャミルは、イルシュタットに住家が欲しいらしい。主人である僕が根無し草じゃ恰好が付かないとも言っていたな。どうやら僕を住まわせたいようだが」
「ソーヤはどうなんだ。イルシュタットに永住って選択は。将来の事は考えてるのか」
「程良い都会という点は気に入っている。僕が以前暮らしていた環境に似ているからかもしれないな。……メリルゥくんはどうなんだ。シャーロットくんにギルドの職員になるよう誘われていたようだが」
「わたしも悪くない街だとは思ってる。……誘いに心が動いたのは事実だ。けど、はぐれ森妖精が街に住むっていうのは、どうなんだろうな。……故郷に対する裏切りにも感じるな」
その裏切りと感じてしまう思考自体が生命樹の呪いのように思えた。帰属意識が本能に刷り込まれている。宗谷はそれを断ち切るような提案してみた。
「いいじゃないか。生命樹ではなく、街の絆に縛られるというのも」
「……ま、考えておくよ。どうにしたって、まずは黄金級になってからだ」
メリルゥは少し思案した後に溜息をつくと、両手を頭の後ろに組み、背をもたれていた。
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