121.新たな依頼
翌日。冒険者ギルドが中心となり会合が行われ、イルシュタットに存在する全ギルドの連名で、赤角討伐の報奨金がかけられる事になった。
討伐報酬は総額で金貨八万枚。それに加えてイルシュタット名誉市民の資格を付与される。
その名誉市民と呼ばれる称号がどれくらいの価値か、一報を聞いた宗谷にはぴんとこなかったが、全ギルドに関わる全ての金銭取引において半永久的に割引が効く、という一点だけで、イルシュタットを拠点とした生活で恩恵のある、実利的称号という事は容易に想像出来た。
ただ、そういった報酬についても複数の集落を滅ぼしてきた強大な悪魔の討伐の見返りに合う額であるかと問われれば、割に合わないと宗谷は断言できる。
白銀のレイだった頃を含め、今まで対峙してきた中でも一、二を争うくらい、たちの悪さを窺わせる悪魔だった。
一生困らないだけの金貨とイルシュタットで名誉ある生活が約束されようと、それを目前に死んでしまったらそれまでである。
魔王化が進んでいるという情報も、宗谷とシャミルだけしか目撃していない為か『魔王化の可能性あり』と不確定な情報として追記されるに留まった。この点は敵を甘く見積もる原因となるかもしれない。
ただ、宗谷の考えはさておき、このイルシュタットが打ち出した討伐報酬の事は、これから王都を始めとする各都市に伝播していく事になるだろう。
これを餌にイルシュタットで不足気味となっている上位の冒険者をイルシュタットに引き寄せる事が期待できる。この討伐をもって引退し、イルシュタットに名誉市民として永住を、と考えている者にとっては、白銀の魔将の討伐は一見悪くない挑戦に映るかもしれない。
今見知っている白金級の冒険者の他にも助力は欲しいと素直に思える状況なので、もし釣られてきてくれるのであれば、どんな形にしても歓迎したかった。
今、宗谷の知っている確実な待機戦力といえる者は、こういった事態でしか街から動く事を許可されていない受付嬢のルイーズだけである。
宗谷とて次、非常事態があった時に居合わせるという保証はない。より多くの頼れる冒険者を集める必要があった。
◇
イルシュタットの赤角討伐報酬の発表から、さらに五日後。
宗谷は普段通り、冒険者ギルドの空いた部屋を借りてミアの勉強を指導していた。
身体の疲れは完全に癒え、次の依頼があったとしても問題なく取り掛かれる。
ルーネスに向かった知識神の神官アイシャの返事が気になるが、片道一週間の遠方にあり、返事まで少なくともあと一週間以上はかかる。
白紙級となった使魔のシャミルは昨日、セイレンとフィリスと一緒に、初の冒険に出かけた。手の空いていたセランも一緒に同伴しているようである。
詳しい依頼内容は聞かなかったが、白金級三名が共に行動しているとなると、かなり難易度の高い依頼なのだろう。冒険の無事と難易度に見合う成果を祈りたい処だった。
「ミアくん。スレイルの森の事を覚えているか」
宗谷は指導を一段落つけ、小休止の最中、ミアに問いかけた。
「ソウヤさん、それはコニー君の事ですか。……勿論、忘れることは出来ません」
「そうか。……では、僕の言いたい事は分かるかな」
ミアは少しの間考えていたが、やがて言葉を紡ぎ始める。
「……あの奇跡をあてにしている。ソウヤさんはそう仰りたいのですね」
ミアは半ば断定するように告げた。考えを見透かされている。
宗谷は目を閉じた。自分から言い出したのにも関わらず、ミアの解答に頷こうかどうか迷っている。
宗谷はあれが神憑と呼ばれる、神そのものを憑依させる奇跡の一端である事を完全に思い出していた。どうしてか最近まで記憶から抜け落ちていた事であり、スレイルの森で一目見た時もそうだが、それ以降もはっきりと思い出せずにいた。
その点については記憶にプロテクトがかかっていたとしか思えないくらいである。
結果から言うと彼女の起こした奇跡は無限の可能性を秘めている。二〇年前も黄金の魔王を打ち倒すのに、六英雄の聖女が至高神の力を神憑によって身体に宿し立ち向かった事を、今ははっきりと思い出せている。
白い聖女が六英雄最強だった理由。彼女もそれに近づく資格を持っているかもしれない。
「ミアくん。もし君が僕についてくるつもりであれば、そういった奇跡に頼らなければ生き残れない局面が今後出てくるかもしれない。……だが、それを起こして欲しいと願うことはない。そうならない事態が最良だ」
「もし、必要な時は、あの時のように大地母神様に願いを込めてみます。……でも応えてくれるかは分かりません。何時間もかかりましたし、私は未熟な神官ですから」
「君は大地母神を一度、身に降ろしている。そういった経験がある者は、二度目以降も神憑を起こしやすくなると思う」
これは宗谷の推測である。
何事も一度出来た事は、二度目も再現しやすいという希望的な観測。神憑が自在に出来る者を、宗谷は一人しか心当たりがないのだから。
「いや、駄目だ。……やはり、あまりそういった事態になって欲しくはないな」
「……私では力不足という事ですね。ごめんなさい」
「違うよ。身体の負担を考えると肯定的な事は言えない。……ミアくん、忘れてくれないか」
頼るような物言いの後、否定するという卑怯な言い方になってしまった事に気付き、宗谷はしくじったような、苦い思いを噛みしめていた。
神憑の影響で彼女に何か悪い影響が起きてもおかしくない。それを想像すると、どうにも苦しい気持ちになる。
おぞましき強敵相手に弱気になっているのかもしれない。今のはなかった事に、というには自らの考えを話し過ぎた。頑固な彼女の性格からして本当にそれが必要だと思わせてしまう局面になれば、無理をさせてしまうのは明白だった。
「おーい! ソーヤ! ミア!」
その時、扉をノックする音と共に、メリルゥが声と共に姿を現した。
ここ数日は気が沈んでいたメリルゥだったが、声は一応元気を取り戻しているように思えた。
「……やあ、メリルゥくん。そんなに慌ててどうしたんだ。何か依頼でもあったのかな」
「ああ、白銀級で受けられる仕事があるって、シャーロットが言ってるよ。……わたしとしてはソーヤとミアが良ければ一緒に受けたいんだけどな」
是が非でも受けたいといった表情だった。
それは彼女の心に横たわる、リンゲンでの重い記憶を払拭したいという気持ちかもしれない。
(依頼か。冒険者の本分だ。受けても良さそうな内容であれば断る理由はない)
宗谷も同じ気持ちだった。シャミルがレンタルされる形で精鋭パーティーで動き出している。主である自分だけ、のんびり休暇を取り続けている訳にはいかない。
次の依頼成功で白銀級に王手がかかっていた。当然それに拘っている訳ではないが、この間のように昇格祝いでもすれば、多少のモチベーションに繋がるかもしれない。
「折角メリルゥくんが話を持ち込んでくれたんだ。……ミアくん、とりあえず話を聞いてみる事にしようか」
「わかりました。……ソウヤさん、先程の事は忘れますので、そんなに心配しないでください」
ミアの言葉に対し、メリルゥが不思議そうな目で見ていた。
その何とも言い難い顔つきからして、妙な想像を働かせているのかもしれない。
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