117.飼い猫と魔術師
シャーロットに案内された部屋は、シックで上品な雰囲気で彩られていた。
その中で唯一ファンシーさを演出しているのが、大小の大きさと形をした猫の人形である。リアルな造りではなく、いかにも人形らしいデフォルメされた顔ではあるが、それでも彼女が言っていた通り、猫好きというのは間違いないのだろう。
彼女らしいといえばらしいこの部屋は。いずれにしてもお金がかかっているのは間違いない。
ギルドの力が強いイルシュタットで複数のギルドに在籍し、橋渡し役として忙しくしている彼女がお金に困っている事はまずないだろう。
そして、良家の宮廷魔術師の家の出である事を宗谷は思い出していた。縁が切れているとは聞いていたが、完全に繋がりがなくなっているかどうかまではわからない。
「……ソーヤ様。どうですか、あたしの部屋は」
「落ち着いて良い雰囲気だね。……猫が好きなのかね?」
「はい。猫のどんな点が好きか分かりますか」
「……さあ。気まぐれだからだろうか」
「それも、あるかもしれないですね。後は猫みたいな女性だと、よく言われるからです。そう思います?」
そう言われてみれば、彼女は猫っぽい印象を持っているかもしれない。
ファーストコンタクトの印象としては狐のようなイメージもあったが、その事は言及しなかった。
この世界においても狐は、ずる賢さの象徴だったはずである。
「まずは座って下さい。上着をどうぞ」
シャーロットは宗谷のビジネススーツを預かると、ハンガーにかけ、しまい込んだ。
「何処に座ればいいのかな」
「ベッドの上がいいと思います」
シャーロットが妖艶に微笑みかける。ベッドは薄いピンク色のシーツがかけられていた。
促され、宗谷はベッドに腰を掛けた。上質なものなのか、結構強くクッションが働いている。
(──シャミルは何処へいった?)
先程からシャミルに対し、テレパシーを送ってはいるが全く応答がない。
騙すような形で連れてきて拗ねているのだろうか。
「……ソーヤ様、シャミルちゃんの事が気になっています?」
宗谷の隣に腰を掛けたシャーロットが訊ねた。
「僕の使魔だ。失礼のないように、とは思うだろう」
「お気になさらずに。自由に回って下さいと言いました。ステラを紹介したので一緒かもしれないです」
「ステラ?」
「あたしの飼い猫です。シャミルちゃんと対照的な白猫ですよ。下位使魔の契約をしていますが。……いつかは妖精猫を使役してみたいなぁ。あたしでは一生無理でしょうけどね」
通常の動物は、下位使魔と呼ばれる魔術によって使役契約が出来る。
ただ、言語能力がない以上、上位使魔と比べ出来る事は大きく制限される。視覚や聴覚を借りる事が出来るくらいである。
「魔術の勉強をすればいつかは……というには難易度が高いな。僕も修得には時間を要した」
宗谷も上位使魔の魔術は、エリスの指導の下、時の流れない空間をもって何年もの長い時間をかけて修得した。
彼女のように忙しい人間が片手間でとなると、いかにシャーロットの魔術的な素養が高いとしても厳しい領域にある。
「というより、上位使魔を行使出来る魔術師は、王都の宮廷魔術師にも数名しかいませんよ。……それに、あたしは挫折した人間です。なんでも出来るとは言われますが、実の処、殆どの事が一流の域に届いていませんから」
「それは、飽きっぽいという事かな。猫のイメージの一つでもある」
「否定はしません。……というか、異次元箱を習得してから、続かないって魔術師が多いですよね。あたしもその口です。……続けてれば違ったのかなぁ」
「あの空間魔術は本当に便利だからね。ここまでは覚えたいという一つの目標になりやすい。……なるほど」
この様子だと魔術の情熱は消えていないのかもしれない。だが、異次元箱を行使出来る彼女のレベルとなると、これ以上の頂を昇るにはある程度の覚悟が必要だった。ここから先の魔術の理論は難易度が急上昇するからである。
ただ、彼女が本気だという事ならば、協力する事はやぶさかではなかった。
「……シャーロットくん、今からでも勉強をするかね。もし本気で上を目指したいというのであれば、出来る限り協力はする」
「上を目指したいというのは嘘ではないです。……でも、今日約束を果たしたら、もうソーヤ様は来てくれなくなってしまうでしょう。それはつまらないですね」
ベッドで隣に座るシャーロットは拗ねたような口調で言った。
「たまに来てもいい。もちろん上辺ではない本気の魔術の勉強ならば。その都度課題を残していく」
宗谷は一拍置くと、続けた。
「大導師級は難しいとしても、導師級の認定なら、君の位置からならば十分狙えると思う。……それとも、もう魔術はうんざりかな」
宗谷が真剣そうな眼差しを向けつつ、煽りとも取れる言葉を告げると、シャーロットは不満そうな表情を見せた。
「これで終わりにしたいとは思っていませんよ。……ただ、盗賊ギルドや受付嬢としての仕事もありますし。それに、あたしみたいな半端者は、魔術師ギルド内で結構風当たりが強いですから」
シャーロットは口を尖らせながら言った。
魔術師ギルドでの風当たりが強いのは兼業という事もあるが、若くしての高い能力というのもあるだろう。
彼女は二〇歳である。魔術師からするとまだまだ新参の部類に入るのは間違いない。
魔術師ギルドが実力第一主義かというとそうでもなく、派閥的なものや年功序列的なもので縛られている側面もあった。全員がそうではないだろうが、小癪な小娘がと思われている可能性は大いにある。
「では、今からでもやろうじゃないか」
「ソーヤ様。……本当に継続して勉強を付き合ってくれますか?」
シャーロットの問いかけに対し、宗谷は頷いた。
「君を軽く見ている魔術師ギルドのお偉方。彼らの鼻をあかすというのも一興だと思ってね。……勿論、シャーロットくんのやる気次第だが」
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