１１２．トゥエルヴ
「……ソーヤか。来ると思っておったぞ」
翌日の早朝。宗谷は知人である武器鍛冶師ドーガの工房を訪れていた。手土産には以前と同じ高級火酒を手土産にしたが、開栓はしていない。
お酒は他にぺリトンから頂いた、今となっては貴重な赤葡萄酒も所持品としてあったが、今それを手に取る気分にはなれない。
もし赤角に関わる全ての事が全片付いたら、などと感傷的な思いを巡らせつつ、異次元箱の奥底に眠らせていた。
「……ドーガさん、こんな朝早くから申し訳ない。貴方の仕事が始まる前に話をしたかったので」
宗谷は来訪に詫びを入れると、椅子に座り、ネクタイを緩めた。
客間のテーブルには、酒やつまみが並んだ以前の時とは違い、飲み水のグラスが一つだけ置いてあった。ドーガの仕事が始まる前という事もあったが、この時間ならば酒宴の卓を囲うこともないだろうとの判断である。
今日はイルシュタットをいくつか回りたいと思っていた。使魔のシャミルとも後で合流する約束をしてある。
「随分と疲れた顔を。……まあ、大体の事情は昨晩、小娘から聞いた。御苦労じゃったな」
「疲れている事は否定しないが、今はじっとしているのが辛くてね。……ルイーズさんも来ていたのか。彼女も随分と忙しそうだ」
「うむ。……魔王化が進んだ赤角と遭遇したらしいな。あれだけ小僧が探し続けて見つからなかったものを……まさか、すぐとは。済まないことをした」
ドーガは白髭を撫でながら、さらに続ける。
「……青銅の魔兵を数体始末したとも聞いたぞ。お前ほどの者ならば、その程度で苦戦する事もなかろうが。……肩慣らしくらいにはなったか？」
「……それなりには。厄介な剣を使う手合いで、楽勝とまではいかなかった」
「精霊圧縮の剣か。悪趣味じゃな。……ソーヤよ、何か対策はあるのか？」
青銅の魔兵そのものに苦戦はしなかったと思うが、赤角が造り出したと思わしき炎の精霊が封じられた剣には、さんざん苦労させられていた。
「精霊の剣については、ラナクの知見を頼りたいと考えています。他にも赤角対策で、彼が大量に持っている魔法道具でもいくつか借りられればと。……二〇年も会っていないライバルに対し、随分と虫のいい想定をしていますが」
宗谷はかつての冒険者仲間である六英雄の一人、灰のラナクの名前を挙げた。
「……ラナクは最高司教という立場上、ルーネスの街から出して貰えないとロザリンドから聞いておるが。会うには必ず出向く必要がある。……いよいよ正体を明かす気になったのか？」
「覚悟はそれなりに。あとはブランクや魔法道具の有無による実力の乖離と、名声評価に伴う弊害を何とか出来れば。……といいつつ、今もこうやって、ドーガさんの縁を最大限に頼ろうとするのは卑怯な気がしますが」
「些末な事を気にするな。……ワシに出来る範囲で協力をさせてくれ。ここも安全ではないとなれば、そうしない理由もないのでな」
ドーガは宗谷に対し協力を約束した。宗谷は二〇年来の友人に感謝をしつつ、虚空に手を伸ばす。
「開け」
宗谷は異次元箱から、暗灰色の白銀の魔将の角を取り出し、テーブルに置いた。これは以前古砦の闘いで仕留めた、白銀の魔将の角である。今手持ちの値打ち物がこれしかなかった。
「ドーガさん、悪魔特攻の業物があれば譲って頂けないだろうか。……これでは足りないかもしれないが、赤角を仕留めるまで貸して貰えるだけでもいい。……あの悪魔、首を叩き落としてやらなければ気が済まない」
怒りからか語気を強める宗谷に、ドーガは久々に珍しい物を見た、といった表情。
「小僧みたいな事を言う。いや、白銀のレイに似てたかもしれん。……まあ、よかろう」
ドーガはテーブルに置かれた白銀の魔将の角を手に取り、材質を確かめると、ゆっくりと頷いた。
「良質じゃな。……ソーヤよ、この前の魔銀の洋刀は返してくれるか？ 代わりに悪魔とそれなりに戦える一振りをくれてやる。少し待っておれ」
ドーガは部屋を出ると、数十秒後、鞘入りの剣を手に戻ってきて、宗谷に手渡した。
宗谷は席を立ち、鞘から刀身を抜くと、美しく輝く刃の形状は現在、宗谷が使っているものと同じ洋刀とそっくりだった。
「形状、材質、長さ、重さは殆ど一緒じゃ。同じ感覚で取り回しが出来るじゃろう。大きな違いは通常強度の悪魔特攻付きという点だけとなるが。……それでいいか。特大強度以上は置いてないから諦めてくれ」
特攻武器には強度があり、神ならざる者が造り出せるのは微弱強度、通常強度、特大強度、撃滅強度の四段階までである。大半の特攻武器は微弱強度止まりであるが、それを超える強度の物は、いずれも高値で取引されていた。
「魔銀製で通常強度の悪魔特攻となると、これ一本で家が建つかもしれないな。事が無事済んだら返却を」
「ソーヤ」
ドーガが宗谷の言葉を遮った。
「ワシはくれてやるといった。なんなら赤角を始末したら売り払って家でも買ったらどうじゃ？ ……返す事など意識して命をおろそかにされても困る。偏屈なジジイの損得より、赤角の首を叩き落とす事だけ考えればよかろう。……それで良いのか、駄目なのか」
ドーガの強い口調と眼差しに、宗谷は微笑を浮かべ、感謝の意を表した。
彼は頑固である。こうなったら無理矢理にでも渡してくるだろう。
「……良いに決まっている。ドーガさん、ありがとう」
宗谷はドーガから新しい魔銀の洋刀を受け取った。鞘から刃を抜くと、刃の根元にはドーガ・グランディの銘と文字が掘ってあった。
「悪魔特攻の一二。とある」
「それはワシが打った、一二作目の悪魔特攻の武器という事じゃよ。ちなみに小僧が持ってる片手半剣が悪魔特攻の一三じゃ。小僧はサーティーンと名付けたようじゃが」
以前打って貰った時は、武器の名前も丁寧に付けていた気がしたが、どうやら今は簡略化しているらしい。
「……なるほど。では、この剣をトゥエルヴとでも呼んでおこうか」
宗谷は赤角討伐を成し遂げようとしているセランにあやかって、武器の呼び名を付ける事にした。
『面白かった』『続きが気になる』と思われましたら、
広告下の☆で応援を頂けると大変励みになります。
