105.プレゼンテーション
生存者の少女──エミリーは、ルイーズが準備した毛布に包まって眠りについた。
何かエミリーに聞ける事もあったかもしれないが、一緒に逃走していたシャミルの説明だと、早期に地下に待避し、一人災禍から逃れる事が出来たという事である。おそらく地上で起きた事は何一つ把握していないだろう。
とにかく今は休息が必要な筈である。長く哀しみが消えることのないであろう少女に対し、根掘り葉掘り聞くような事はしたくなかった。
視線は宗谷に集まっていた。宗谷は期待に答えるべく、ゆっくりと立ち上がると、白金級の冒険者四人の方に身体を向けた。傍には一歩下がって、シャミルが助手のように直立で控えている。
「それでは、僕とシャミルが、リンゲンで目にした事を話そう」
宗谷はふと、勤めていた商社でのプレゼンテーションを思い出していた。忘れかけていた懐かしい感覚が、一瞬の間だけ甦ってくる。
もっとも、今から伝えなければいけない事は、極めて深刻な内容であり、聞き手の心証を良くするように、物事を取り繕うべきでは無い話である。とてもではないが、乗り気になれなかった。
「浮かない面してやがるな。赤角を取り逃がした事を悔いてるのか」
重い気分を気取られたのか、セイレンが遠慮の無い物言いを、宗谷にぶつけてきた。
「多少は。もう少し踏み込めれば、次に繋がる手がかりを掴めたかもしれないな」
「ソウヤが魔将殺しったって、シャミルと二人だけじゃ分が悪いだろうが」
どうやら、見逃した事を擁護してくれているらしい。そういった事に対しても口が悪くなるのは、彼女の性格から来るものだろうか。
「仕方が無いって伝えたいなら、もっと普通に言えばいいのに」
フィリスが弓弦の調律をしながら、口の悪いセイレンに対して呆れたように呟いた。
「……主が動かなかったのは、私が怖じ気づいたせいです。遠目で見るだけで、震えが止まりませんでした。まさか、あれ程の禍々しさとは」
シャミルは赤角監視による一連の出来事を思い出したのか、小刻みに震え始めると、吐き気を我慢するように口を押さえ、申し訳なさそうに頭を下げた。
誰もそれを咎めたりはしなかった。ただ、シャミルの怯える様から、赤角がただならぬ存在である事は伝わったかもしれない。
「──ソウヤさん。被害の度合いが、以前より拡大している。俺が故郷で目撃した時よりも、凶悪な存在に化けている可能性が高いと思う」
休憩から長らく沈黙を保っていた、セランが口を開いた。
セランは以前にも故郷で一度、半年前にルギナと呼ばれる村で一度、合わせて二度、赤角によって滅ぼされた村に立ち会っている。
そして、このリンゲンが三度目の立ち会いとなる。被害の度合いとは、街の壊滅具合の事だろうか。何らかの感覚で、赤角が強力な存在に進化している事を看破しているようだった。
「ソウヤさんの見解を聞きたい。──ここに居る面子で、果たして赤角に勝ち目はあるのかどうか」
単刀直入ともいえるセランの台詞に、セイレンが顔をしかめながらセランを睨みつけた。ルイーズは真剣そうに宗谷を見つめ、言葉を待っている。もし、ここに居る面子でも歯が立たないという事になれば、即ちイルシュタットの戦力で立ち向かうのは困難という事になってしまう。
自らの考えを正直に答えるべきか否か。宗谷の答えは決まっていた。
「──白金級の冒険者に対し、取り繕う事に意味はないな。ただ、僕は君達の実力の一端しか知らない。あくまでも一つの見解として聞いて欲しい」
宗谷は溜息を吐くと、セランの促す通り、自らの見解を伝える事にした。
「結論から。赤角は魔王化が進行している。セランくんの考えている通り、以前より厄介な存在に進化しているのだろう。ここに居る仲間で力を合わせても五分。犠牲者無しに勝つビジョンは、今は浮かんで来ないな」
宗谷の言葉に、ルイーズは目を閉じ、手のひらで額を抑えていた。まさに頭が痛いと言った状況だろう。今後の対策について、思考を巡らせているのかもしれない。苦労人である彼女に対し申し訳ない気持ちはあったが、この局面で、気休めの誤魔化しなどは言いたくなかった。
セランはある程度、魔王化の想像がついていたのか、表情に大きな変化は見られなかった。先の質問と併せて考えると、想像が確信に変わったとも取れる態度である。
フィリスは少し空を見上げ、困ったような表情を見せたが、これといって動揺した様子もなく、淡々とした様子で弓弦の張りを確かめていた。
「魔王化の進行だと。……ソウヤ、見間違いじゃねえんだな」
セイレンは、かなり事態を深刻に受け止めたようで、宗谷に食ってかかってきた。
彼女も本気で見間違いをしたとは思っていないだろう。おそらくは覚悟を決める為の再確認。宗谷はそれに答える事にした。
「そうであって欲しかったな。シャミルも目撃している」
詰め寄るセイレンに対し、宗谷は両手を広げ、ひとまず落ち着くようになだめた。セイレンがシャミルの方を振り向くと、シャミルは慌てて、宗谷の発言を肯定するように、三度頷いた。
「魔王化進行の瞬間を目撃出来た。同級の『色付き』の共喰いによって、進化の条件を果たす事が出来るらしい」
「……待って、ソウヤさん。同級の『色付き』の共喰いってまさか……白銀の魔将がもう一体、リンゲンに?」
呆気にとられた表情で呟くルイーズに、宗谷は静かに頷いた。この発言に衝撃を受けたのか、再び全員の視線が宗谷に集中していた。
「僕とシャミルが見たのは一方的な虐殺だ。赤角に対し、もう一体の白銀の魔将は、ろくな反撃が出来ないまま打ちのめされ、捕食された」
宗谷は表情を変える事なく、再び言葉を紡ぎ始めた。説明的で淡々としたものであったが、我ながら良い話が全く出てこない事に気づくと、思わず苦笑いを浮かべそうになった。
「最早、赤角は白銀の魔将とは見做せない。あえて白銀の魔将という枠組みで語るならば、奴は間違いなくその中の頂点に居る」
半分は白銀の魔将。そして、もう半分は黄金の魔王。
だからこそ、金銀と呼ばれ、特別に名付けられている存在である。
ひとまず見解を伝え終えた宗谷は、革カバー付きの水筒を取り出すと、渇きかけた喉を潤した。まだ伝えなくてはいけない事が残っているが、一旦、情報を噛み砕くために、お互いに思考を整理する必要があるだろう。
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