103.黒き弓使い
逢魔が時を迎え、空が黒に染まりかけている頃、青銅の魔兵を片付けた四名の冒険者が、小休止の準備を行っていた。
この場に居るのは、魔将殺しの称号を持つ宗谷とセラン、双剣使いの受付嬢ルイーズ、至高神の司祭セイレン。いずれもイルシュタットにおける最高戦力と言って差し支えのない面々である。
「――闇を照らす明かりとなれ。『照明』」
宗谷は二〇メートルほど上空に、照明の魔術で造り出した光球を空に浮かべた。廃墟と化したリンゲンに怪物が潜んでいるならば、魔術の照明によって居場所を気取られる事になるが、この場に居るのは、宗谷以外は白金級の精鋭達である。戦闘で遅れを取る事はなさそうだった。
この照明は視界の補助に加え、離脱した使魔のシャミルに対する合図となっている。どうやらテレパシーの届く圏外まで出たらしく、今はシャミルからの応答がない。この明かりに気づいて戻るまで、もう暫くは時間がかかるかもしれない。
「ルイーズさん。他にイルシュタットからの救援は?」
宗谷は崖上に姿を見せていた射手の事を思い出し、ルイーズに訪ねた。
「気づいているかもしれないけど、もう一人、フィリスって白金級の射手がいます。それで全員。……それだけしか連れてこれなかったの。火急の用だったし、流石に白銀級以下の冒険者に来て欲しいとは言えない報告だったから」
白銀級では荷が重い内容だったのは間違いない。そもそも、行きたいと名乗り出る冒険者は、通常の感覚なら居ないだろう。ルイーズの言った通りであれば、イルシュタットからの救援は総勢で四名という事になる。
いずれも白金級の手練れではあるが、女司祭のセイレンは、少なくとも明日はリンゲンの浄化作業に当たらなくてはならない。南の山岳地帯に姿を消した赤角を追撃するといった行動は不可能のように思えた。
(──いや、山岳を分け入っての狩りは、今の準備では不可能。ましてや翼を持っている悪魔。相手に敵意が無ければ、捕捉する事さえ難しい)
万が一、赤角がリンゲンに戻ってくるような展開があれば、全力で迎え撃つ事になるだろう。だが共食いという目的を達成した狡猾な悪魔が、この場に戻る可能性は低いように思えた。
「もし、僕の独断行動で急かしてしまったのならば、申し訳ないな」
「ソウヤさんの行動関係無しに、緊急出動はしていました。これ以上遅らせても、この案件に関われる冒険者は揃わなかったと思います」
そのように呟くルイーズの瞳には、普段のような光が宿っていなかった。
彼女から、受付嬢という仮面が剥がれかけているのをよく見かける気がする。思い当たるのは風を断つ者達壊滅の時からだろうか。
普段の明るさとはうらはらに、非常に繊細な性格をしている。根の部分がそうなのだろう。廃墟と化したリンゲンの有様と、今後のイルシュタットを重ねて、憂いているのかもしれない。
「ルイーズ。落ち込んでいても仕方ない。こうなっちまったものは」
セイレンが癖の強い金髪を掻きむしりながら、面倒くさそうに呟いた。
「私は落ち込んでなんて」
「……お前って結構細やかだよな。もっとドライになれよ。あと酒に頼るのも止めろ」
「なっ……私は!」
ルイーズは顔を真っ赤にして反論しかけたが、セイレンの指摘は図星だったのだろう。やがて、諦めたように項垂れた。ルイーズの酒癖の悪さは、宗谷も以前目撃している。このようなストレスから来るものに起因しているとしたら、あまり良い兆候では無いかもしれない。
「んで、コイツはクール気取りの激情家ときた。……やれやれだな」
セイレンは続けてセランを見ながら肩を竦めた。セランは岩場に座り込んで、黙々と保存食を齧っている。碧眼の目が据わったまま、青銅の魔兵の遺体を睨み付けていた。怒りの衝動を抑えているのだろう。
居たたまれない空気の中、宗谷は食事の準備を始めた。どのような状況だろうと、栄養の補給は必要である。
◇
「……フィリス、遅かったわね。もう片付いたわ」
それから間もなく、ルイーズが振り向いた先──暗闇の向こうから、黒髪の女性が音もなく姿を現した。比喩抜きで不自然なまでに足音がない。忍び足の達人というよりは、静音歩行の精霊術を使っていると宗谷は直感した。
「……あの、流石に一人置いていくのはどうなのかな。わたしが純粋な射手って知ってますよね。怖かったんですけど」
置いて行かれた原因は、おそらく絶体絶命の様相を見せていた自分にあるので、若干の申し訳なさを感じた。しかし彼女の声は、怒った台詞とはうらはらに、感情の籠もらない淡々とした物だった。
先程の彼女の台詞と合わせて、崖上に姿を現した女性の射手で間違いなさそうである。艶やかな長い黒髪の持ち主で、前髪は額の位置で真っすぐ整えられている。両の瞳も黒目がちで、全体的に黒を基調とした軽装を身に纏い、セイレンとは対照的にスレンダーな体形である。雰囲気的には和装が似合いそうな印象を受けた。
目についた特徴的な部分が一つ。耳が僅かに尖っている。人間と森妖精の合いの子である、半妖精と呼ばれる特徴のものであった。
「そんなタマかてめえは。襲われたら透明化でも使って凌げばいいだろ」
セイレンが干し肉を齧りながら、フィリスを睨みつけた。その台詞から察すると、やはり、ある程度の精霊術を使えるようだった。
「酷い言いよう」
「感情なんて碌に持ってない癖に、怖がったフリしてんな」
「セイレン、そんな事ないわ……悲しい。もう、リンゲンの赤葡萄酒を楽しむ事が出来ないなんて」
黒髪の女性──フィリスは、辺りの様子を見まわした後で、やや伏し目がちに、淡々とした様子で呟いた。温かさも冷たさも感じない、ともすれば棒読みの様な抑揚のない平坦な声。
先程の怒りの表現といい、今の哀れみの表現といい、全体的に感情が希薄な印象を受ける。だが、その揺らぎの無さこそが、精密射撃を武器とする射手としての素養の証と言えるかもしれない。只者らしからぬ雰囲気を纏っているのを宗谷は感じた。
「先程はありがとう。見事としか言いようがない狙撃だった。僕は宗谷という」
宗谷はゆっくり立ち上がると、フィリスに近寄って援護を受けた事のお礼を伝えた。
それと同時に、崖上から三本同時に放たれた精確射撃を思い出し、感嘆の気持ちと、わずかな恐怖心が頭の中に甦っていた。
「いいえ。お礼を言われる程でも。フィリスと言います。貴方がソウヤさん。御噂はかねがね」
「噂とは。悪い噂ではないと良いのだが」
「安心して下さい。八割方は良い噂ですよ」
目を細めて、張り付いたような笑みを浮かべるフィリス。残り二割がどうにも気になったが、この場で聞かない方が良い内容だと直感し、とりあえず忘れる事にした。
『……主、御無事ですか? ……此方は大丈夫です、女の子も無事保護しています』
丁度、シャミルからテレパシーによる通信が入った。圏内に近づいているらしい。これで程なく全員が一堂に会する。今後の方針を話し合う必要があるだろう。
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