100.煉獄の呪縛
迫りくる五体の青銅の魔兵に対し、宗谷は洋刀を片手に、待ち構えた。
先行し近づいてきた三体と接敵すると、一体目の青銅の魔兵が振りかぶった剣を難なくかわす。
立て続けに二体目の剣が迫るが、これもビジネススーツを僅かにかすめるに留めた。すぐビジネススーツに施された修復が発動し、綻びが修復されていく。
三体目の斬撃を洋刀で鍔競りし弾き返すと、宗谷は一瞬の間、思考を巡らせた。
(──思っていたより、随分と甘い攻撃だな)
一太刀目をしのがれた青銅の魔兵達は、さらに攻撃を続けるが、宗谷は同じ動作で受け流した。後ろから二体の青銅の魔兵が追いつき加勢するが、やはり宗谷に対し攻撃を当てる事は出来なかった。
宗谷の逆境における集中力。それに加え、避ける事に最重点においた、流水のような動きが、我武者羅な攻撃を受け流し続けている。
(大振りかつ単調。緩急も無く、力任せに斬撃を繰り出しているだけか)
青銅の魔兵は全長二メートル程の巨体であり、機動の効いた攻撃が不得手で、何より連携が出来ていなかった。戦術の技能により熟練剣士に匹敵する技量を持つ宗谷にとって、避け続けるだけなら難しい事ではない。
ただ、持久戦となれば別である。最下級とはいえど『色付き』の体力は人間とは比べものにならない。長期戦において先に動きが鈍り、不利になるのは宗谷の方だろう。このまま避け続けてるだけという訳にはいかなかった。
また魔法拒絶の効果が切れれば、魔術による攻撃を再開する可能性が高い。回復魔法の目処が全く立たない現状では、魔法の被弾は避けたい局面である。
現状、防戦一方の宗谷だが、決して打って出れないわけではなかった。様子見の回避を続ける理由の一つとして、青銅の魔兵を追い詰めると、赤黒い剣──炎の剣が発火し自爆へと移行する為である。
精霊術により、炎の精霊の群れを圧縮し封じ込めた剣。これが爆弾のような挙動を行う原因だった。その剣を持つ青銅の魔兵と三度遭遇し、三度ともその挙動を見せた。今回もそうだろう。
最初はメリルゥが地精霊に頼り緊急対応し、二度目と三度目はシャミルが炎精霊の送還をもって解除した。
二人はここにいない。攻撃をかわしながら、五本分の爆弾と化した炎の剣をどう処理するか、宗谷は考えていた。
(剣を持たせたまま追い詰めれば、発火し自爆する。ならば、剣を手放せばどうなる?)
試しておく必要がある。回避行動のみ行っていた宗谷が、五体の内、一体の青銅の魔兵に反攻を開始した。
弧を描く高速の斬撃。回避から攻撃への切替は一瞬で行われ、それは青銅の魔兵の防御を許さない間隙となる。
鋭い風切り音の後、一瞬の間を置いて、炎の剣を持った青銅の魔兵の腕が切断された。
【グアアアアアアアア!】
切り離された腕は宙を舞うと、地面に転がり落ちた。炎の剣は、切断された腕の手に握り締められたままである。
【……グギ……ギイィ】
たった今、隻腕となった青銅の魔兵が、身体の中心──心臓の部位を押さえながら呻きだすと、痙攣を始めた。
僅かな間の後、口から大量の血混じりの泡を吐くと、そのまま糸が切れたように崩れ落ちた。宗谷の目には、それが事切れているように映った。
(予想はしていたが、やはり剣を手放すと死ぬ。暗黒術による呪縛か。そして起動──)
悠長にしている暇は無かった。地面に落ちた腕が手にしている、炎の剣が発火を始めている。手放した事により、青銅の魔兵との生命力の接続が切れ、発動条件を満たしたのだろう。
周りに居た四体の青銅の魔兵が離脱を始めると同時に、宗谷も別方向に離脱を始めていた。
──薄暗い黄昏の空の下、轟音と共に、爛々と輝く凄まじい火柱があがると同時に、焼け付くような熱風が四方に吹き付けた。
素早く反応し、出来る限りの距離をとったつもりだが、吹き荒れる熱風により、宗谷は煤にまみれながら軽く咳き込んだ。露出した頬や首筋にも僅かだが、灼けるような痛みを感じていた。
(追い詰めても起動。切り離しても起動。──残り四体よりも四本が厄介だな)
宗谷は舌打ちをしながら再び対処法を考えていた。剣をひとまとめに集めれば、一撃必殺の魔装砲撃でまとめて消去出来るかもしれない。
だが、魔装砲撃は発動までに四二秒の溜めが必要である。発火による起動から爆発までのタイミングがシビア過ぎて合わせるのは難しいだろう。今のケースでも離脱が遅れたわけでは無いのにも関わらず、灼けるような熱風を浴びる事となった。
離脱のタイミングを誤れば爆炎により、あの女神の待つ庭園に送られるだろう。女神の嘲笑という腹立たしい想像をして、宗谷は僅かに顔を引きつらせた。
緊急待避していた、四体の青銅の魔兵が、再び宗谷の方に向けて、にじり寄ってきている。
見敵必殺。おそらくこれも命令として組み込まれている。あの赤角の指示に背けば、先程の青銅の魔兵のように、生命活動を停止させる呪縛が施されているのかもしれない。
いかに対処するか。無難な方法としては、今のを四体と四本分、四回繰り返せば、この場は対処出来る筈である。さらに身体が煤まみれになるが止むなしだろう。宗谷は仕方ないと言ったように溜め息を吐くと、再び魔銀の洋刀を構えた。
その時だった。目の前に居た一体の青銅の魔兵の身体が、かすかな風切り音と同時に揺らいだ。
揺れた青銅の魔兵には、三本の矢が突き刺さっている。頭。首。心臓。いずれも弱点である部位を正確に貫き、その部分が氷塊によって凍り付いていた。
(──氷の矢?)
宗谷は移動しながら振り向くと、距離にして二百メートル近く、昼頃潜んでいた崖上に、長い黒髪の女性が弓矢を番えて立っているのが見えた。
再び番えた矢が放たれると、今度は起爆を開始した炎の剣の近くに刺さり、氷塊で覆い尽した。
(──要領を理解してくれている。助かるな)
炎の剣は氷塊で覆われ、起爆動作が停止していた。時間経過で氷解すれば、また再起動しそうだが、今すぐという訳ではなさそうだった。
宗谷と青銅の魔兵達の、一連の戦闘の流れを崖から窺っていたのかもしれない。だとすれば有り難い事である。
宗谷は残る三体の青銅の魔兵に向けて移動を開始した。氷の矢を操る彼女が居れば、炎の剣の起爆は止められる。これで遠慮無く青銅の魔兵を始末出来そうだった。
「ソウヤさん!」
続けて、よく聞き覚えのある、心地良い女性の声がした。やはり間違いなくイルシュタットからの援軍である。このタイミングで来てくれるという事は、草妖精の少年タットは、豪雨の中の夜駆けに成功し、無事、イルシュタットの冒険者ギルドに辿り着いたのだろう。
暗闇の向こうから駆け付け、姿を現したのは、赤い外套を纏い、双剣を手にしたルイーズと、黒いロングコートと片手半剣で武装したセランだった。
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