ねばねばした緑色の物体
食事で何がどうしたって「箸」だ!これ、見たことはあるが、使ったことはない。結婚記念日で行ったレストランではナイフとフォークだった。あとスプーン。
しかし、ここは箸だ。
隣を見ると、警察官は器用に箸で摘まんで、というか乗せて?食べている。うわ、なんだそのねばねばした緑色の物体は。
俺は思わず物体Xを見るかのような怪訝な目をしていたに違いない。警察官がこっちを向いて、俺の顔を真似たような顔をした。怖い顔っ!
じゃない。
そりゃ、ジロジロ見たら失礼だよな。
他の面々も箸を使って食べている。
食べる順番はどうでも良いらしい。ただ、箸に乗せるのが難しそうだ。幽霊2号はみんなと箸の持ち方が違う。あれだと肘が張って食べにくそうだな。
うん、こうやって持つのかな。気を付けないと2本の箸がバラバラな方向を向こうとする。
適当に持って、皿に乗った茶色い物体にぶっ刺す。スプーンのように掬うと、小さな粒粒が3つくっついた。って、こうやって食うんかい!?
「ああ、ダイチ君はお箸は初めてですか」
オーナーが俺の奇行に気づいてくれた。するとすぐに俺の後ろに機械音がした。振り返ると不格好なロボットがスプーンを持っていた。
「あ、ありがと」
不格好なロボットからスプーンを受け取ると、ロボットは画面に「どういたしまして」と記して、ピローンと高い音を発した。
おおー、すげえ旧式のロボットだ!
って、この家の機械ってもしかしてこれか!?これで生活できるんか!?じいちゃんの時代のロボットみたいじゃん!
もう、色んなところが今までの生活と違い過ぎて、全てが感動だ。ロボットがアレで、食事はコレだ。
一口も食べてないのにお腹いっぱいだ。
とはいえ、食べないわけにはいかないだろう。自分の皿に乗った分は食べないとな。
俺はさっきの茶色いのをスプーンで掬ってパクンと口に入れた。
「・・・」
ふわん、と鼻に抜ける香り。野菜と肉と何かの香りだろうけど、それが味ではないのに、美味しい。味は薄いけど甘くてしょっぱくて・・・初めて食べる味だ。
「うまい」
食事をしていて「美味い」って、初めて感じたかも。
レストランに行ったときですら、食材を形のまま食べた感想は「変なの」だった。それなのに、これは違う。食材は形のままだけど、色々入り混じっていて、さらに見たことのない何かが入っているらしくて、とにかく、香りが良い。
「美味しいでしょう。トコロさんの料理はおいしいんです」
と、警察官が言った。
俺は何度も頷いて、その茶色い粒粒のをパクパク食べた。噛み砕くのがもどかしいくらいに、口に入れて、その香りを楽しんだ。
白い帽子の人がこっちを見てすっげー笑顔だった。
初めての食事を終えた感想は、とにかく疲れた。
美味しくてたまらないんだけど、噛まなきゃならないんだ。そりゃ、今までだって噛んでたけど、全然違う。ボトルに入ったドロっとしたヤツを噛むのとはもう、全く!特に肉は大変だった。噛み切れないかと思った。どこまで噛んだらいいかわからないし、口に入れすぎると飲みこめないし。
「こういう食事は初めてでしょう。そのうち慣れますから、頑張ってくださいね」
「は、はい」
食後のコーヒーを飲みながら、やっと会話ができた。
食事の時は必死すぎて、会話どころじゃなかったからな。
「自分のことは自分でするように言いましたが、食事はトコロさんが作ってくれますから、朝と夕は一緒に食べましょう。食べない日や遅れる時は、必ず言っておいてくださいね」
「は、はあ」
おー?オーナーのこの情報だけでも大変なことだぞ。
まず食事を作る人が1人だということ。って、コレ1人で作ってるのか!?しかも人間が作ってるのか!?どうやって作るんだ?俺が今まで食べていたみたいなドロっと食品じゃなくて、この素材感満載のやつ。すごすぎだろ。
そして心配なのが、食費だ。
結婚記念日に行った高級レストランだって、あんな変な味だったのに(おっと、失礼)かなり高かった。それこそ、ここの3か月分の家賃くらいはしたんだ。
それを毎日。しかも、あのレストランよりは比べ物にならないくらいは美味い。これじゃ家賃じゃなくて食費が払えない気がする。今日の分は良いとして、明日からどうしよう。早いうちに断った方が良い気がするが。
「あの、これ」
俺は言うことにした。恐る恐る口に出す。
「はい?」
「俺だけ、食べないって選択肢もありますかね」
と、言ったら、白い帽子の人がすごい形相で立ち上がった。
「それはなにか!俺の作ったもんが、不味いってことか!食えないってことか!え!?」
こ、怖いっ。
「いえっ、美味しかったです。感動しました」
「じゃあっ」
「あの、俺!て、テレビの仕事していて、仕事が不規則で、一緒に食事はちょっと」
「だったら弁当にしてやるから、ちゃんと食え!」
命令か。
そんなに顔を真っ赤にして怒らなくても。俺悪いことしてるみたいじゃねえか。
「だ、だけど」
「だけどじゃねえ。食事は生活の源だ」
話しが読めない。いきなりなんか深い話になってないか?
「でも、食費が」
言わないつもりだったけど、言ってしまった。結局のところこれが一番気になるところだ。だって、こんなすごい食事、一体1食でいくらだよ!?
そしたら、白い帽子の人は一瞬キョトンとした顔をして、それからまた真面目な顔で怒鳴った。
「食費なんていらん!」
「え」
今度はこっちがキョトンとする番だ。
そしたら、オーナーが口を挟んだ。
「まあまあ、トコロさん、落ち着いて」それから俺に向かって「食費はいらないんですよ」
「いらないって?」
そんなはずは。だけどオーナーは静かに笑いながら言った。
「本当です。野菜はオーバさんが作っていますし、それ以外のものはトコロさんやオチ君の伝手で手に入るんです。だから食費はいりません」
マジか。そんな話しあるのか。
「ただその代り」オーナーは話し続けた。「片づけはその他の人たちでやってもらいます。それならできるでしょう?」
「は、はあ」
不思議なことばかりだ。この家は。
食費がなしで、あんな立派な食事ができるなんて。でも、どうやら本当のことらしかった。