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食事の時間


 いきなり背後でカチっと聞きなれない音がした。共用の廊下の電気がバッとついた。

 驚いて振り向くと、俺の部屋の扉を誰かがノックした。そういや、扉閉めたんだっけ。

「はい」

 俺が扉を開けると、あの警察官のお兄さんが立っていた。私服だったから一瞬誰だかわからなかったけど。

「ご飯ですよ」

 お兄さんは無愛想に言った。

「え、ご飯って」

 どういう意味?ご飯が、何?

「食事の時間ですよ」

 お兄さんは言い換えた。や、別に「ご飯だよ」が「食事の時間」というのはわかるんだけど、それで、俺にどうしろと?

「言葉、わかります?」

「はあ」

 警察官、困ってるが、俺も困っている。

「じゃ、行きましょう」

「はあ」

 行きましょう、ということは、俺も行くってことだな。ついて行けばいいのか?食事の時間ってことは、俺に食事をしろと。

 廊下を通り、階段にさしかかったところで、階段の上から女の人が降りてきた。

「あら。あら、新入りさん?」

 おっ、この家に来て、初めて普通の人がいたよ!

「はいっ。ダイチです」

 俺は嬉しくてよろしくと頭を下げた。

「オーバサンですよ」

 警察官が、オバさんを紹介してくれた。って、おい、オバサンって!失礼だろ!

「よろしくねえ~」

 オバさん。良いの、その紹介で?とは思うが、オバサンはにこやかだし、確かに見た目も普通のオバサンだからな。

 普通っていうか、50歳くらいかなあ。1人でここ住んでるのかな。結婚してないのかな。お化粧とかしたら美人そうだけど。

 ついついジロジロ見てしまった。

「なあに?」

 オバサンは俺の視線に気づいて、首をひねってきた。

「う、いえ」

 返すに返せないな。なんて言ったら失礼じゃないか?ていうかすでに相当失礼か。と、思ったらオバサンはちょっと頷きながら言った。

「わかるわかる。ここに住んでるなんてよっぽどの訳ありだろう、ってね。あなたもそうでしょうけど、私もそれなりに訳ありよ」

 オバサンはさばさばと笑っていた。

 全然訳ありには見えないほど、明るい笑顔だった。うーん、この人の訳ありの訳って、一体なんなんだろう?


 警察官に連れられて、オバサンと俺とで居間に入ると、さっき見たダイニングテーブルにはたくさんの皿が載せられていた。

「あっ」

 あ、ていうか、ほ、ていうか、間抜けな声が出た。

「新入りはダイチ君でしたね。どうぞ」

 オーナーはすでにさっきの席に座っていた。その正面に俺を促してくれた。

「はい、どうも」

 ていうか、なに?これ。食事って、俺も一緒で良いの?みんな一緒?そういや、最初の説明の時に朝夕の食事は一緒にって聞いたような、聞いてないような、理解できなかったような記憶があるようなないような。

 ダイニングにはオーナー、警察官、オバサンと俺。それからさっきの幽霊2号が座った。

 すると、奥から白い帽子をかぶったおっさんがやってきて、テーブルの上に何やら良い匂いの料理を置いた。

 俺は目を丸くして凝視した。

 って、なんだこれー!

 いや、知ってるぞ。これは肉。それに野菜。それから果物。そんで、あれはパンだ。パンはわかる。パンは食べた事あるから。

 しかしそれ以外だ。

 野菜が野菜の形をしている!肉が肉の形じゃないか!

 えっ、どういうこと!?それって、年に一回結婚記念日とかに行く、超高級レストランでお目にかかるやつだよな。

 いや違う。あれはもっと小ぢんまりとしていたけど、これはでっかい皿にドン!って感じだ。それが4つ。大皿はそれぞれ違う料理がドンと盛りつけられていて湯気を上げている。

 これ、どういうこと・・・?

 俺が固まっているというのに、オーナーとオバサンはなんか楽しそうに喋っていた。そして、白い帽子の男の人が席に着くと、オーナーが立ち上がった。

「今日は、新入りのダイチ君がいます。はい、立って」

 お、おお。

 俺が立ち上がるとみんなが拍手をしてくれた。とりあえず礼をしておくか。

「よろしくお願いします」

 そう言って座ると、隣の警察官が会釈をしてくれた。

「では、食べましょう、いただきます」

「「 いただきます! 」」

 オーナーの号令で、食事が始まったが・・・えっと?

 いまだに状況が飲みこめてない俺は、ただキョロキョロするばかりだった。

 すると、警察官が俺の前に置かれている皿に、大皿の料理を取り分けてくれた。どれも見たことのないものばっかりだ。

「え」

 そんなに?そんなに食べて良いわけ?てか、食べられるかなあ。

 警察官は自分の皿にも料理を乗せて、大皿を隣に回していた。うん、こうやってみんなで食事をするのか。

 機械がボトルに入ってるドロっとした色とりどりの液体をいくつも取り揃えてくれるんじゃなくて、形のある食材を調理したものを食べる食事。しかも、誰かと一緒。

 不思議な感覚だ。

「今日はオーバさんの作ったモロヘイヤのお浸しと、ナスとトマトの煮びたし、豚肉の生姜焼きと五目炊き込みご飯だ。スープは味噌汁。よく噛んで食べろ」

 白い帽子の人が早口で喋る。えっ、えっ、なんだって?外国語?何言ってるかわかんないんだけど!

 この家での初めての食事風景は、こんなだった。

 これが普通のことなのか、特別なことなのかわからないが、俺が知っている“食事風景”とは全く違う未知の世界だということは理解できた。



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