気になりつつも退散
前回短かったので、ちょっと長くなっています。
オーナーは仕事があるらしく、居間からすぐに出て行っちゃったので、居間には俺だけになった。と思ったら違った。
この広いダイニングテーブルの反対側に、若い男が座っていた。今の今まで気づかないくらいあまりにも静かに本を読んでいた。本を読んでいるから静かというよりは、その人の存在感が妙に薄い。下を向いているからだけではなくて、暗い顔をしているし、呼吸だってしていないんじゃないかってくらい静かだ。幽霊2号だな。って、本当にここはお化け屋敷なのかよ!
と心の中でツッコミを入れつつ、俺は席を立った。
自分の部屋を探しに行くんだ。
俺は新入りだから、この人に挨拶をした方が良いんだろうけど、なんか、声をかけにくい。本を読んでいるのを邪魔しちゃ悪い雰囲気だ。
迷ったが、結局声をかけないことにした。席を立って一応軽く会釈をして、気になりつつも退散。
居間を出るとき、背後からカサリと衣擦れの音がした。もしや、幽霊2号が挨拶を返してくれたのだろうか。うーむ、微妙。
ま、いっか。
廊下に出るとすぐに階段を見つけた。
やはりこれも木でできている。靴下の裏に木のぬくもりを感じながら、トントンと音を立てて上がって行くと、2階の廊下に出た。
薄暗いが明かりはついていない。小窓から夕日が差し込んでいるだけだ。
なんか、ホッとした。普通の建物は、いつだって明るい。勿論照度の調節はできるが、こういった公共の場所、廊下とか階段とかは、明るいことが多い。場所によっては人が通ると明かりが点くなんてのもあるけど、とにかくこんなに薄暗いことはない。
だけど、この廊下は今は薄暗くて、外からの少しの光りだけが入ってきている。薄明るい夕日だけを取り込んでいて、時計も見てないのに時間を感じたんだ。
今は夕方なんだな。
なんか、腹減ったな。
そこにあるのは、204号室の大きなプレート。なんてわかりやすい部屋番号だ。左は203号室。右が205号室、その隣が俺の部屋だな。
廊下からパッと見て、2階は7部屋。どの部屋も扉が開けっ放しになっている。人住んでないのかな。
ちょろっと覗きながら廊下を通ると、確かに誰も住んでいないかのようだった。部屋の中には簡素な寝台と机しかない。個人の荷物っぽい物や生活感のあるようなものは見当たらないから、多分空室なんだろう。
206号室に入ると、寝台の布団にはシーツと布団カバーと枕カバーがセットされていた。
「良い部屋だな」
狭くても構わない、機械類が何もない、簡素な部屋。機械にかしずかれることなく、機械に頼りすぎず生活したいと思っている、俺の理想じゃないか。
部屋のどこを探しても、機械っぽいものはなかった。天井の電灯とスイッチ、あとコンセントくらいなもんだ。
ていうか、理想は理想なんだけど、これでどうやって暮らしたら良いんだ?
部屋に一歩踏み入れて、しばらく立ち尽くし、頭を振って目を覚ました。ボンヤリしていても何にもならん。
とりあえず、少ない荷物を寝台に置いた。
寝台って言ったって、安眠装置や目覚ましライトが付いてる気配はない。簡単な台の上にマットレスと布団が乗っかってるだけだ。こんなんで寝られるのか?
いや。人間、眠くなったら寝られるはずだ。
とりあえず、荷物はどこに置くかな。と、部屋を見回すと、壁面収納が目に入った。ああ、これただの壁じゃなくて、みんな物入れなんだな。
手で押したり引いたりしながら一つ一つ開けていくと、一番大きな扉がクロゼットになっていて、中にハンガーがいくつかかかっていた。下の段に洋服が入る引き出しがある。さすがにこれは木じゃないな。
あとは何を入れて良いのかわからないが、引き出しと棚とがたくさん。ま、そんなに荷物持ってないけどな。
クロゼットに持って来た荷物をそのまま放り込んだ。
俺専用の機械を壊しちゃったから、この携帯端末はどうやって充電するか・・・一応コンセントはあるから、これに繋げばいいんだろう。
情報をバックアップはできないだろうが、まあ、いいや。なんとかなんだろ。
部屋の南側は大きな窓。こういうのなんて言ったっけ。えーっと、えーっと、そうだベランダだ。初めて見るものだけど、これって何のためにあるんだろうか。
この大きな窓から夕日とはいえまだ陽が入ってくる。高台だからだろうな。
窓をガラガラと開けると、木が見えた。下は庭だろうか。こんな大きな木が外に生えてるなんて、ちょっとすごい。
目線を上げるとぽっかりと空間がある。
「空だ」
空って、あんまり見たことがない。
俺たちが住んでる町は、何かに覆われてるからドームと呼ばれているが、空は空だ。ちゃんと陽が登って夕方になれば陽が沈む。天気も毎日違うし、雲らしきものも見えるが、何に覆われてるんだろうな・・・
空は空だ。
空を眺めて、向こうの方とこっちの方の色の違いをジッと見つめた。あっちのほうが明るくて、西の方が赤く黒く見える。黒いのに眩しい。
「夕暮れか」
写真で見たことがある。こんな感じの夕暮れの空。だけど、写真とは違う眩しさを感じる。本物の夕暮れはこんな風に眩しくて寂しくて、気持ちを落ち着かせるものなんだな。
向こうの方の建物が黒い影になっていて、その上に橙色が光っている。上の方は紫。
橙と紫って塗り絵で一緒に塗ったら変な組み合わせなのに、夕暮れの空にはこれ以上はない芸術的な色なんだな。へえ~。
なんか良い匂いがしてくる。何の匂いだろ。
大きく息を吸ったところで、居間の方から声が聞こえた。
「ごはんだよー!」
ご飯?ご飯だよ、とはどういう・・・?