自分の部屋を探しに
「そこ、座ってください」
「はい」
すすめられた椅子も木でできていた。座面は丸みを帯びて削られていて、固い木でできていても座り心地が良かった。幽霊の人は俺の前に座った。
向こうに台所があるらしく、誰かが料理をしている気配がある。人か、機械かはわからないが、もしかすると数人いるのかもしれない。換気扇のような音はするけど、他には聞きなれた機械音は聞こえてこなかった。静かな家だ。
俺が座ってもキョロキョロしていると、幽霊の人が口を開いた。
「私は、このアパートのオーナーのナオです。あなたのお名前は?」
ああ、手続きか。だけど、オーナーの前には書類のようなものはない。俺の渡した封筒だけが無造作に置かれている。
「ダイチです。26歳、テレビ関係の仕事をしていて、」
「じゃあ、ダイチ君。ここでは自分のことは自分でするのが鉄則です。機械類はかなり旧式のものがありますから、説明書を見て自分でなんとか生活してくださいね。それから、家のこともなるべく手伝ってください。食事は朝と夕はここで一緒にとりますから、間に合わない時は必ず連絡をするようにしてください。質問は?」
俺が自分の説明をしているのにかぶせて、いきなりこの家の決まりの説明がなされた。
「部屋は206号室、鍵はコレです。」
俺が答えられないでいたら、質問はないと思ったようで、鍵を渡された。
これ、鍵か?今まで携帯で操作していたから鍵の形をよく知らないが、昔のテレビなんかでは、カードの形をしていたような気が。しかしこれは、小さな棒状でギザギザが付いているが、これでどうやって自分の部屋の安全を守れるのかは分からなかった。
「あ、どうも」
「2階は男性の部屋です。3階は女性と家族向けの部屋ですので、用がなければ立ち入らないでください」
「あ、はい」
女性の住人もいるのか。ていうか、ここ、そんなに人いるのか?
「そうそう、ここに入居する人には必ず言うんです、覚えておいてください」
オーナーは立ち上がって向こうに行きかけながら、こっちを向いて言った。
「この家に一緒に住むのですから、ここに居る間はみんな家族だと思って、仲良くやりましょう」
「は、はい」
そう言って、オーナーは部屋を出て行った。
幽霊みたいだし、話しは簡潔で冷たそうだと思ったけど、今のひと言は胸にジンときた。妻に追い出された俺には、このひと言が何よりの歓迎の言葉に感じられたからだ。
お化け屋敷に幽霊みたいなオーナー。それに愛想のない警察官。他にどんな人がいるか知らないが、ここが俺の家になる。そしてここに住む人たちはみんな家族だ。
俺は、この家が木でできているということよりも、その方がずっと嬉しくて、鍵を持つと立ち上がり、自分の部屋を探しに行った。