表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/53

冷静に聞く番


 キミーの顔はすっきりしていた。晴れ晴れ荘に居た時のような、目の下にくまを作って疲れ切ったような顔ではなくて、自宅でよく眠って少し元気を取り戻したのだろう。きっと頭も、あの時よりは冴えてるはずだ。だからこそ、今、こうして冷静に俺と向き合うことができているんだろう。

 我がままを言って出て行った俺のことを、頭から否定したり怒鳴りつけるようなことをしないで、こうして受け入れて話を聞いてくれるんだから、キミーはなんて良い嫁なんだ。感心する。

「あのね」そんなキミーが話しはじめた。今度は俺が冷静に聞く番だ。「ダイチ君が出て行く時、私が言ったこと・・・覚えている?」

 あの時のことを。キミーはなんて言っただろうか。

 キミーは「出て行け」とは言わなかった。

 なんて言ったっけ?

「今の生活で機械がどんな働きをしているか、どんなに機械が大切かを話したよな」

「その後は?」

「その後は・・・俺が“大地”に生きる人間らしく暮らしたいって言ったんだよ。それが理想だって。それでキミーが“だったらダイチ君(おれ)の理想の大地のあるところに行けばいい”って言ったんじゃなかったか?」

「ううん。そんなこと言ってない。ダイチ君の理想は何なのか、大地があれば良いのか、理想の大地って何なのか?って聞いたんだよ」

「そうだったか?」

「うん」

 思い出せない。あの時は、キミーは冷静に見えたけど、俺は機械を捨てた事を否定された気がして、負けたくなかったんだ。

「それで“理想の大地”なんてあるはずがないとか、絶対あるとか、そういう言い合いになって、」

 ああ、そうだ、思い出した。

 バカみたいに言い合って『あるって言ってんだろ』『あるわけないでしょ』『あるよ!』『じゃあ見せてみなさいよ!』『あー、分かったよ、見つければいいんだろ、見つければ!』『やれるもんならやってみなさいよ』的な変なケンカになって、出て行ったんだ。

 理想の大地を探して出て行ったのは俺の方だ。嫁を捨てて出て行ったんだ。

 キミーだって、売り言葉に買い言葉で「見つけてみろ」とは言ったけれど、それは、出て行けって意味じゃなかった。俺が勝手に追い出されたと思っていただけだったんだ。

「ダイチ君が出て行ってから、私が追い出しちゃったんだって気づいて、すごく後悔した」

 キミーは弱々しい声になった。

 違うのに、キミーは俺のこと追い出したんじゃないのに、そうだと思ってしまったんだ。俺は頭に血が上っていたのもあって、お互いの真意がわかっていなかった。ただその場の流れで、俺は出て行くことになって、それで、キミーは残ったんだ。

「キミー・・・」

「ダイチ君の理想は・・・大地のある生活。そう思ったら、すごく悲しかった」

「キミー・・・」

「だって、ダイチ君の理想には、私は、いないんだって、」

「ごめん!そんなつもりじゃなかったんだ!」

 こんなこと、言わせるつもりなんてなかったんだ。本当に、ただのケンカの勢いだったんだ。

 こんなに傷つけるなんて思いもしなかった。キミーが一番大切なはずなのに、キミーがいる生活こそが、俺の理想だったはずなのに。

「キミー、ごめん」

 抱きしめると、キミーは震えて泣いていた。

「自分が言った言葉で、誰かがいなくなるなんて、思いもしなかった。追い出すつもりじゃなかったの。ごめんね」

 キミーは小さな声で言った。

「俺こそ、本当にごめん。キミーの気持ち考えないで。出て行って、帰ってこなくて」

 俺はずっと謝りたかった。キミーもきっと同じだろう。

 どちらともなくケンカをふっかけて、引くに引けなくなって出て行った俺。ささいなことで、人間はすれ違う。だけど、どちらともなく謝って、そんで、ささいな、こんな心の交わりで、許すことができる。

 ああ、オーナーの言っていた、俺たち夫婦の歩み寄り、って意味がよくわかった。

 キミーの肩に手を置いて、目を見て伝える。

「なあ、俺、またこの家に戻ってきても良いか」

 キミーはまたいつもの真面目な顔をして、だけどホッとしたように頷いた。


 ここからが本当の歩み寄りだ。

 俺たちは、自分の思っていること、望むことを話しあうことにした。だけど、俺たちはとても気を使った。気を使う仲だなんて水臭いと思うだろうか。いや、違う。俺たちは一番近くにいる家族だ。

 だからこそ、親しき仲にも礼儀がある。

 相手のことを尊重する。

 そして、自分のこともちゃんと言う。

 この微妙な距離感が必要だったんだ。甘えず、離れず、その距離をお互いに測りながら近づいて、同じ時間を過ごそう。結婚すれば自動的に夫婦になるんじゃない。同じ時間を二人で築いていかなけりゃならない。そうして、今度こそ、良い家族になろうじゃないか。それが俺の、理想の家だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ