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謝る、後に


 自宅の居間は久しぶりだ。

 晴れ晴れ荘のようにいつでも誰かがいる居間じゃなくて、誰もいない居間だ。あそこのように風の音しか聞こえないんじゃなくて、どこからともなく機械の唸る音が、それも数種類も聞こえる居間。

 全然違うけれど、これはこれで居心地の良い場所だ。

 キミーはいつ起きるだろうか。よっぽど眠かったから、今日一日寝ているつもりかもしれない。そうは言っても、機械はきっと、昼寝をあんまり推奨しないだろう。

 彼女が目を覚ますのを待っている間、居間のソファでゴロゴロしていたら、なんだか眠くなってしまった。


「あれ、いたの?」

 目を覚ますと、嫁が俺の顔を覗き込んでいた。

「ん?」

 ここ、どこだ?俺の寝台じゃなくて?晴れ晴れ荘でもなくて?ああ、ソファだ。自宅のソファで寝落ちしてたらしい。

 変な体勢で寝ちゃったらしく、左腕が少し痺れているのを擦りながらソファに座り直した。

「いつ来たの?」

 キミーはすごく、普通だった。俺のこと見て怒ったり追い出そうとしたりしていない。まるで、俺がここにいるのがごく普通のことみたいな反応だ。

「えっと、2時間くらい前?」

「なんか飲む?」

「あ、普通の水」

「普通の水、二つね」

『カシコマリマシタ』

 嫁の専用機械が冷たい水をふたつ、俺たちに手渡してくれた。

 あんまりにも普通な態度だったので、思わずくつろぎそうになってしまうが、違うだろ、俺。今までのことをなかったことにするんじゃなくて、これから新しく向き合うために、俺から歩み寄りに来たんじゃないか。

 勇気を出せ。

「あー、コホン、ゴホン、えーっ、えっへん」

「なに、風邪?」

 いやいやいやいや・・・ゴホン。

「あのだなあ、ゴホン」まず、謝る、だよな。「あー、その、お前のこと、ちゃんと考えなくて、俺、悪かったよ。ゴメン」

 俺の部屋でピギギギと異音を発している機械のようになっちまったが、それでも一応、言えたと思う。

 キミーは空気を読んで真面目な顔をして俺の方を向いていた。口を出すつもりはないらしい、静かに聞いている。

「あー、あのな?俺、キミーが晴れ晴れ荘に来てくれて、すごく嬉しかったんだ。それで・・・つい、舞い上がっちまって、それで、お前の気持ちを考えられなかったっつーか、お前も晴れ晴れ荘のことを気に入るって勝手に思い込んじゃってて、それで、無理させて・・・ホント、ごめん」

「うん」

 キミーの表情はよく読めなかった。いつも通りの真面目な顔だ。真剣に聞いてくれてるのはありがたいが、それはそれで怖い。俺がまた間違ったことを言ってしまっているのか、キミーの心に届いているのか、わからなくて怖い。

 だけど、最後まで言わなきゃな。

 謝ったら・・・どうすんだっけ?


 オーバさんが何を言ったのかを思い出しても、“謝る”後に何を言わなきゃいけないのか思い出せなかった。もしや、俺はその先を聞かずに晴れ晴れ荘を追い出されたのだろうか。

 いや、たとえそうだったとしても、何とかして話しをしなくちゃだ。許してもらえるかどうかわからないけれど、俺の誠意を見せたい。それで、それで!キミーともう一度一緒に暮らしたい。今度こそ、お互いの気持ちをちゃんと話し合って、どうしたら二人で暮らせるか。どういう家だったら、お互いに気持ちよく暮らせるかを考えなきゃいけない。

「そ、それでな?俺、悪いけど俺のことを話すとだな?俺は、機械と一緒の暮らしが悪いとは思ってないけどな・・・だけど、なんでもかんでも機械任せの生活が、変なんじゃないかっていうか、人間らしくないんじゃないかって気がしてさ・・・それは、危機感みたいなもんで、その、うまく言えないけど、だから、晴れ晴れ荘みたいに機械に頼らないで生活できるところに行きたかったんだ」

「うん」

 キミーは俺のこと、ちゃんと理解してくれてたんだろうなあ。何事もないように頷いている。

「だけどさ、キミーは、違うだろ?キミーはどういう生活がしたいって思ってるんだ?」

 キミーの目が、一瞬困ったように泳いだ。

 あ、コレって言っちゃいけないやつだっけ?なんかオーバさんにそう言われた気がする。どうしたいかを聞くのは罰ゲームみたいなもんだとかナントカ言ってたような・・・

「は、晴れ晴れ荘みたいな生活はイヤなんだろ?」

 キミーは少し考えるようにして、それからいつも通り真面目な顔をして口を開いた。

「確かに、あそこの暮らしはちょっと無理だと思う。だいたい、いきなり極端すぎると思わない?私は今まで、機械と一緒の生活しかしたことがなかったんだもの。あんなに何もかも機械に頼らない生活なんて、無理だと思うの」

「そ、そうだよな」

 そうかな。そうだよな。俺だって、ある程度は努力したもんな。

 だけどさ、だけど・・・そう言ってたら、ずっと平行線のままだ。どうしたら良いんだ。俺の気持ちはこんなことを望んでいるんじゃない。じゃあ、俺は何を望んでいるんだ。キミーは何を望んでいるんだ。

「俺はさ・・・」言って良いだろうか。「俺は、キミーと暮らしたいんだよ。だから、どうしたら良いか、言って欲しいっていうか、考えたいって言うか」

 俺がそう言うと、キミーはいつもの真面目な顔から、少し笑ったように見えた。頬がギュっと持ち上がって、それなのに目が細くなって垂れ下がった。

 どういう意味?笑ってるのか、泣いてるのか、怒ってるのか、いつもの真面目な顔よりもよっぽど表情が読めなくなった。



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