理想の家を出て
俺は下を向いて押し黙ってしまった。だって、反論なんてできないだろう?オーバさんとオーナーの意見は厳しいけれど、客観的に見ての率直な意見だ。返す言葉もないとはこのことだ。
「あなたは捨てられたと言っていましたが…捨てられた気持ちになったのは、きっと彼女も同じです。そんな思いをキミーさんにして欲しいですか?」
オーナーがしんみりと言った。彼女は捨てられた気持ちだろうか。確かに出て行ったのは彼女だけれど、その時俺が何かを言えば良かったんだろうか。そうすれば、彼女は出て行かなくて済んだということか?結果的に俺が彼女を捨てたというふうに、彼女が思っているとしたら、俺は、あの時きっと間違えたんだ。
だけど、なんて言ったら良かったんだろう。
出て行く、と言ったキミーに。
―― 行くな。
そう言えば良かったんだ。それが俺の気持ちだったし、彼女の望む言葉だったはずだ。
「デヴィもそうでしたが」オーナーが言った。「このご時世、この家に住もうと思っても、出来ない人の方が多いんです。キミーさんも、そうだったんですよ。だから仕方なく出て行ったんです」
デヴィのことを思い出すと、キミーがいかに頑張っていたかがよくわかる。それでもまだ頑張れなんて、俺は酷いことを言った。
でもなあ・・・
「だから、今度はあなたが歩み寄る番じゃないの!」
急にオーバさんが大きな声を出した。しかも俺の背中を叩く手が強い!さすが普段農作業をしているだけのことはある。
「俺が歩み寄る、って言っても」
どうしていいか、見当もつかないが。
「ダイチ君の愛が試されますね」って、オーナー。そんなあ。
「キミーさんのこと、愛しているなら、どうすればいいかわかるわよね」
オーバさん、なんで嬉しそうなんだよ。
わからねえよ!
「えー・・・どうして欲しいか、聞くってことっすか?」
「ちっがーう!」
「うわあ、ダメですよ」
おっと、ダメ出るのはやいな。
「あのねえ、どうして欲しいかを言えるくらいなら、最初から言ってますよ。そんな罰ゲームみたいなこと彼女にさせちゃダメですよ!」
ま、確かに「あーして欲しい」「こーして欲しい」って言い続けてるやつは嫌いだが、だけど言ってくれなきゃわからんだろうが。
「言ってくれなきゃわからないとか思ってますね?」
おっと、オーナー鋭い。
「違うでしょ?まずね、謝るの。誠意を持って。謝って、二人で話し合おうって言わなきゃ、なーんにも言ってくれないわよ」
オーバさん。さすがだ。
「謝るんですね?はい」
ここは素直に聞いておこう。
「わかったんなら、早く行ってきなさい」
二人に追い出されるようにして、俺は家を出た。
ていうか、本当に追い出された気がしないでもない。彼女に捨てられないために、彼女を捨てないために、俺はこの“理想の家”を出て走って行った。
オーナーとオーバさんに早く行けと言われて、とにかく急いで自宅へと向かった。大した距離じゃない。坂を下りて町に入り、不動産屋を横に見ながら右に曲がって、3分も走ったら到着っていう、ご近所だ。
とはいえ、走りゃそれなりに息はあがる。
「は、は、は、は」
あ~~~、つっかれた。
自宅のマンションの前で膝に手を当てて息を整えるのを、住人に見られたがかまうもんか。
端末はないから、ピンポンをする。キミーがいるはずだ。しかし彼女は出てこない。怒ってるんだろうか。
・・・帰ろうかな。
帰るって言ったって、どこに?晴れ晴れ荘からは追い出されたばかりだ。今帰ったら、さすがに怒られるだろう。ちゃんと話してこいってことだもんな。これで何もしないですごすごと帰ったらさすがに「ひとでなし」呼ばわりされるだろ。
でも、キミーが出ないんだから仕方ないじゃないか。拒絶されてるのに、ぐいぐい押したって逆効果だろうが。
でもなあ・・・
ダメ元で、もう一度ピンポンをして、今度は家人として顔認証をして開けて入った。そうだ、ここは元々俺の家じゃないか。キミーに追い出されたとしても、まだ俺の家だ。こうして、認証されて扉が開くんだから。
てことはさ、キミーは俺のこと、拒絶してないってことだよな。俺に入ってきて欲しくなかったら認証システムから俺の顔を外すだろ。俺の機械を拾ってきたり、俺の顔認証を外してなかったり、これがキミーの気持ちなんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、自宅の扉を開けると、中は静かだった。
寝室の扉が閉まっている。部屋の前まで行って立ち止まる。
いるよな。
いる気がする。
ノックをしようと手を上げて・・・下ろした。うーん、どうにも、勇気が出ない。困ったな。
気分を落ち着けようと、一度自分の部屋に行った。前に来た時スリープモードにしておいた機械が、
『ヴ…ン、ピギ・・・ピロリーン』
と何やら喋っている。前より耳障りな雑音じゃないが、どうしてコイツ起きてるんだ?
「ただいま」
俺が言うと、胸の明かりがチカチカ光った。
作り物で、心なんてないはずの機械と、心が通じたような喜びを感じる。俺の言葉に反応して、一生懸命俺に仕えてくれる専用機械。
なんか、ホッとした。
ホッとしたら、嫁の部屋に行かなくちゃだよな。俺は立ち上がると、機械の頭を撫でてから部屋を出た。
そうして、嫁の部屋をノックした。
少し待っても、返事はない。いないのかな。もう一度ノックをすると、部屋の扉が開いて、嫁専用機械が出てきた。
『きみーサマはオヤスミデス』
ひょいっと覗くと、安眠装置の中でキミーがすやすや眠っていた。
「わかったよ」
機械にそう言ってやり、部屋を出て、居間に行った。彼女が起きるのを待つことにしよう。そうだ、キミーはずっと眠れなくて大変だったもんな。
ゆっくり眠っててくれ。