久しぶりに自宅に
食事が終わり、部屋に戻るとキミーは疲れたように寝台に座った。
「ねえ・・・ご飯、あんなんで、大丈夫なの?」
仕事着に着替えていた俺は、ちょっと驚いて嫁の方を向いた。彼女は膝に手をやって下を向いている。
「ご飯?大丈夫もなにも、トコロさんの飯、美味かっただろ?」
「うん、でも、私、妊婦だから、栄養とか」
「ああ、そういうの、大丈夫だと思うぜ?トコロさん、すっごくよく勉強してるから」
「うん・・・でも、あんなにたくさん、噛むなんて」
疲れたんだろうな。
俺も、最初はそうだった。なにせ、食事は色とりどりのドロっとした飲み物だけだったからな。基本的に甘くて噛まずに飲めるものばかりだ。ギャップがあるに決まってる。
「まあ、そのうち慣れるさ。本当は食事は噛んだ方が良いんだぜ?歯にも、脳にも、噛む刺激がちゃんといきわたるんだってさ」
「でも私、妊婦なのに」
またそれか。
ていうか、しつこい。
俺は大急ぎで支度をして、出かけることにした。
「俺、もう行くけど、お前、支度は?」
「ああー、もう!服があ」
服がないのか。わかったから、そういうふてくされた顔をするな。なんか朝から機嫌が悪いぞ・・・俺、また追い出されたりして。
「服、とってきてやるよ。今日、仕事休めば?」
「仕事、休みたくないもん。早く服、とってきて」
「お、おう、じゃ、行ってくる」
仕事終わったらとりに行こうと思ってたのに、今すぐ行けと言われてしまった。しかも、反論できない迫力。ここは、言うことを聞かないとヤバいぞ、俺。
◇◇◇
久しぶりに自宅に来た。
来た、って変だな。でも、もう俺の家は他にあるからな。訪ねてきたというほうが違和感ないだろう。
エントランスに入ろうとして、気づいた。
携帯端末、忘れた!
普段使ってないから、充電もしてないし、部屋の机の中に置きっぱなしだ。
仕方がないから、チャイムを押してカメラで俺を認識してもらう。ピーと音がして、扉が開いた。
家に入ると、パッと明るくなる。チリひとつない。機械に治められている家。
嫁の部屋に入ると『オカエリナサイマセ、だいちサマ』と嫁の機械に挨拶をされた。良かった、まだ俺のこと覚えていてくれて。ホッと胸をなでおろしたりして。
「しばらく余所に泊まるから、キミーの服出しといて」
『カシコマリマシタ。7チャクずつのゴヨウイでヨロシイデショウカ』
「ああ、いいよ。妊婦だから、少しゆったりしたもので頼むよ」
『カシコマリマシタ。6フンホドオマチクダサイ』
「うん」
その間に、俺は自分の部屋を見に行った。
「あ、あれ?」
俺の部屋には、捨てたはずの俺専用機械が、壊れたまま置かれていた。
俺が部屋に入ると
『ピ、ピギギギ、ピーピー、ピローン』
と、何やら喋っている。壊れているのに、俺のことを出迎えようとしているのか。
「ただいま」
ちょっと胸が痛くなった。
コイツ、ロボットって言ったって、ちゃんとAIが育ってたもんな。今までずっと俺のことをサポートしてくれて、たくさん世話になったのに、簡単に捨てて二度と帰ってこないつもりだったなんて・・・俺ってヒトデナシ、だな。
機械の背中にあるボタンを押すと、パカっと背中のフタが開いて中身が少しいじれるようになっている。
「えーっと、ここだっけか」
いくつかあるボタンを押して、様子を見ると『ピギギギ』という耳障りな音が少し減った。
ま、今はここまでだな。
修理できるほど専門知識がないからな。
スイッチを切って、スリープモードに入れると『ヴ…ン』と音がした。
「じゃーな、また来るな」
そう言って、部屋を後にした。
キミーの部屋では、機械が嫁の衣服をたたんで袋に入れていた。
『タクハイデオクリマスカ』
「いや、いいよ。俺が持ってくから」
『カシコマリマシタ』
うん、こいつも働き者だな。すぐに荷物に取っ手を付けてくれて、持ち運びやすくなった。
「じゃーな」
『イッテラッシャイマセ』
家を出ると音もなく扉が閉まった。
さて、この家、どうするかなあ。俺たちが晴れ晴れ荘に住んだら、家も機械も必要なくなるが、だからと言って、ハイサヨナラってのもなあ。さっきの俺の機械見ちまったら、なんか健気すぎて切なくなっちまったわ。
◇◇◇
家に戻り、嫁に袋を渡した。
「はいよ、服」
「ありがと」
食後のどんより感は少し減ったような顔をしているが、キミーは相変わらず機嫌が悪そうだった。こういう時はあんまり色々言わない方が良いよな。
とは思ったが、キミーは袋を睨んだままだ。なぜ睨む。
「どうした?」
「あ、ああ。うん、うん」
なんだ、その返事。
「開けてやろうか?」
「うん」
もしかして開け方分からなかったのか!?いやまさか、これくらいはできるだろう。
とりあえず、袋の取っ手を取って、袋の留め具を外す。上蓋部分を大きく開くと、中に透明な袋に小分けにされた衣服があった。
上衣、ボトム類、下着類、部屋着にまとまっているから、それぞれ取り出す。ここから先は、勝手に開けたら怒られそうだから手を出さず・・・
「それも開けて」
開けて良いんですか。そうですか。
開けて、中身を一枚ずつ、せっかく機械が畳んでくれた状態で取り出して、寝台の上に並べた。
「今日どれ着る?それ以外のはそこのクロゼット使って良いぜ」
中身を出して立ち上がると、キミーは盛大なため息をついて俺を見た。