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手ぶらで来て


 俺の嫁さんが晴れ晴れ荘に現れて、俺たちはまた一緒に暮らすことになった。つまり、夫婦としてやり直すということだ。

 最初は俺のことをケチョンケチョンに言っていた晴れ晴れ荘の面々も、キミーのことを喜んで迎えてくれて、俺たちが夫婦としてここに住むことを認めてくれた。場合によっては彼女は受け入れられて俺だけ追い出されそうな勢いだったからな。危ない危ない。


 夫婦ものということで、俺の部屋が変わった。3階だ。つまり、女性と家族ものは3階ということらしい。男だけの2階よ、さらば。行ってみたかった3階、こんにちは。

 初めての部屋ではあったが、俺はキミーを案内した。

「ここが居室。灯りのスイッチはここ、鍵はコレ、トイレと風呂はこっち。寝台はコレ、安眠装置はないけど、ここは静かだから寝やすいよ、きっと」

「う、うん」

 彼女は心配そうな顔をしている。

「ね、機械(ロボット)は?さっきから、端末のネットワークが反応しないんだけど」

「あー、この家、端末のネットワークが繋がらないんだ。居間の電話機でコールはできる。専用機械のネットワークには繋がらないから、情報管理は自分でするしかないな」

「えっと・・・え?」

 女は機械に弱いからな。こういうこと説明してもよくわからないんだよ。

「まあ、ちょっとばかり努力は必要だけど、すぐに慣れるさ」

「う、うん・・・でも、専用機械がないと着替えができないんだけど」

 そうか。キミーは手ぶらで来てしまったのか。

「じゃあ、今日のところは俺の寝巻貸してやるから、明日家にとりに行くことにするか。俺、とってきてやるよ」

「うん」

 ちょっと腑に落ちない顔をしているが、そんなもんだ。なに、俺の寝巻だっていいだろうが。

「じゃ、寝るか。明日仕事か?」

「うん」

「じゃあ、6時に起きろよ」

「起きろって、この寝台、安眠装置ないんでしょ?どうやって起きるの?」

「目覚ましあるから、かけといてやる」

 どうだ!と目覚まし機能付きの時計を見せた。机に置くタイプの小型のやつだけど、こういう時計ってあんまりない。普通は腕に着けた端末機械で時間を見るし、起きる時間は安眠装置が切れれば自動的に目を覚ます。そうでなくても、専用機械が起きる時間を教えてくれるから、2重3重になにかしらアクションがある。

 だけど、この家のこの目覚まし時計は、自分で時間をセットして、自分で止める。そしたら自分で()()()()()()けりゃならない。

「こんなので、起きられるの?」

 不安そうだな。まあ、仕方がないか。

「大丈夫だ。もし目が覚めてなければ、俺が起こしてやる」

「うん」

「じゃ、お休み」

「え」

 俺が寝台に横になって寝ようとしたら、キミーはまだ何か言いたいようすだが、まだ何かあるのか?

「どうやって寝るの?」

「は?横になってりゃ、眠くなって眠れるよ」

「ホントに?」

「安眠装置があるのと同じように、横になってりゃ大丈夫だって」

「うん・・・わかった」

 キミーは寝台に横になって胸の上で手を組んだ。そして目を瞑る。眉間にしわが寄るほど不振感丸出しで眠ろうとしている。

「リラックスして寝ろ~」

「うん・・・」

 部屋の明かりを消して、俺たちは休んだ。さて、キミーはちゃんと眠れただろうか。



 次の朝6時に、目覚まし時計が鳴った。

 手を伸ばし、布団の中から目覚ましを止める。んー、眠い!眠いが、ここで起きないと、もう2度と目覚まし時計は鳴らない。起きねば。

「ああああー、起きろー、俺ー、っせい!」

 気合で寝台の上に起き上がると、キミーは自分の寝台にもう起き上がって座っていた。

「おはよう、起きれたじゃん」

 いいねえ、嫁のいる生活。

 俺のすがすがしい気分の挨拶とは裏腹に彼女の顔はさえない。

「寝てないけど」

「・・・え?」

 寝てないって、どういうことだ。だって、昨日の夜、寝台に横になって目を瞑っただろうが。そんで、明かりを消して真っ暗にして、機械音のない静かな夜が心地よい眠りに(いざな)うはずだろ。

「静かで、何の音もしなくて、暗くて、怖くて、眠れなかった」

「そう、なのか。え、静かで良いだろ?」

 俺たちはとりあえず、身支度をしながら話し続ける。しかし嫁の動作は鈍い。背中に疲労感が漂っている。

「静かすぎるわ。いつも聞こえる安眠装置の音も、換気システムの音も、専用機械の音と小さな橙の光りもなくて、真っ暗闇で・・・」

「それが良いんじゃないか?」

「え」

 キミーは何か言おうとしているが、口だけ開いて、言葉が出てこない。

「ま、そのうち慣れるさ。さ、下に行って朝食にしよう」

 俺たちが着替え終わったので、居間に行くことにした。トコロさんの手作り朝食を食べたら、疲れだって吹っ飛ぶさ。

「うん」

 彼女を伴い、居間に行くと、すでにみんなダイニングに座っていた。

「おはよう」

「おはようございます」

「・・・おはようございます」

 みんなが挨拶を交わす。キミーもちゃんと挨拶を返していた。うん、よくできた嫁だ。


 全員が揃うと、手を合わせて

「いただきます」の挨拶をする。

 それに倣ってキミーも手を合わせていた。

 手を合わせて「いただきます」ってすげえ意味だと思わねえか?だって、いただくんだぜ?何をいただくって、食べ物全ては、生き物の命だ。命をいただいて食べてるんだ。この「いただきます」って言葉の意味を、ここにきて初めて知って感動したもんだ。

 大皿からキミーの小皿に料理を取り分けてやった。

「これくらい食えるだろ?」

「え・・・?」

 ちょっと多いかな。初心者はあんまり噛めないから、大変なんだよな。俺が来た時のことを思い出すなあ。

「今朝ははスクランブルエッグ、トリのスープ、そしてケチャップライスだ。よく噛んで食べろ」

 トコロさんがいつものようにメニューを教えてくれる。

「え・・・?」

 嫁は言葉が出ずに、呆然としている。呆然としたまま、スプーンを口に運び、なんとか小皿に取り分けられた自分の分を食べていた。きっとあまりの美味さに感動しているに違いない。



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