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陳腐なセリフ



「ナオは、ウチの前にいたんじゃよ、ある日な。顔中を血だらけにした子どもが置き去りにされていたんじゃ」

 クラウチさんが教えてくれたオーナーとの出会いは、信じられないくらい衝撃だった。単に親のいない子どもをひきとったわけじゃないんだ。

「儂はナオを家に入れ手当をした。だけどナオはとにかく怯えきっていて、手当てもままならなかった。日常のことすら何もできず、やっとナオの顔を洗うことができたのは、それから1週間も経ってからだった。

 距離を見ながら、なんとか一緒に生活できるようになるのにひと月以上はかかった。

 その頃、一度役所に連絡をした。身元の分からない子どもを保護したと。

 そうすると、その子どもを養護施設か身元不明者施設に一度入れなければならないと言われたんじゃよ。じゃがそんなことはできなかった。ナオは怯えきっていて、扉が開く音を聞くだけでも怖がって叫んだくらいじゃ。家に誰か知らない人間が来た時など、狂ったように怯えた。そんな子どもを、ほんの一時とはいえ、保護施設になど行かせることはできなかった。少なくとも、その時は。

 それから4年か、5年経った時、やっと、そろそろナオを保護施設に行かせることができると判断した。それで身元不明者施設に一度住ませ、それから儂がナオを引き取るという手続きをすることにしたんじゃ。

そのために役所に行くところだった。その時、儂はどこかから落ちたんじゃ。今思うと恥ずかしいことじゃが、とにかくどこかから落ちて、記憶が無くなったんじゃよ」

「携帯端末はどうしたんですか?持ち物や何かはなかったんですか?」

 サトさん、冷静だな。もう、オーナーの生い立ちがすごすぎて、そんなこと質問しようなんて思えないよ。

「携帯端末は普段から不携帯じゃ。あの家にいれば、端末を携帯する意味はほとんどないからの」

 そりゃそうだ。だから俺も携帯端末を家に置きっぱなしだもんな。

 でもそうか。荷物はきっとどっか行っちゃったんだろう。それで身元不明になっちゃったんだ。

 オーナーを身元不明者施設に入れるはずが、自分がそこにいることになってしまって帰れなくなったんだ。

「そういうことじゃから、ナオ、儂がお前を正式に引き取るまでもう少しだ。そうしたらちゃんと親子になって、お前にも住民権が与えられる。だから儂以外の誰かと暮らすことになっても、役所や警察の人間がお前の様子を見に来ても、怖がらずに我慢できるな?」

 ああ、きっと12年前のその日から、クラウチさんの気持ちはずっとそのことを憂いていたんだろう。だから、自分の名前を聞いた時に、ちゃんと全てを思い出すことができたんだ。

 オーナーをちゃんと自分の子どもとして迎え入れたいと願っていたんだ。

「はい」

 オーナーは嬉しそうに頷いた。

 きっと、その目があればうれし涙を流しているはずだ。だけどそんなもの出てこなくたって、オーナーがすごく喜んでいるっていうのはわかる。

 オーナーにとっては、クラウチさんが無事に見つかって帰って来てくれるだけで十分なんだろう。そのうえに、親子としての手続きや住民権や、そういったものがちゃんとできるのだからな。

 陳腐なセリフだけど、本当に良かった。それだけだよ。


 結局クラウチさんとせがれさんは、手続きのため数日間はこの施設に留まることとなった。単に引っ越すだけならばすぐにでも晴れ晴れ荘に行けばいいのだけど、彼らはここで生活をしていたんだ。クラウチさんていうのは、記憶を失ってボケても、それでもやり手のビジネスマンだと言うことだった。

 その仕事を晴れ晴れ荘に戻ってもできるように、という準備のためにも少し施設に残るということだった。

 ちなみに、クラウチさんは名前を取り戻したこともあり、せがれさんにも仮ではあるけれど名前を付けることにした。

「儂がダンだから、デンでどうだ?」

「デンなんて嫌ですよ。せめてジンとか」

「じゃ、ジンじゃな」

 という簡単なやりとりがあって、せがれさんはジンと呼ばれることになった。簡単な名前で良かったが、本人は名前ができてまんざらでもないようだった。


 それから俺たちは晴れ晴れ荘に戻った。

 オーナーはとても疲れたようすだった。普段あんまり外出しないうえに、目が見えないんだもんな。

 ということで、オーナーは先に休んでしまったが、俺たちはオーナーの生い立ちとクラウチさんの行方不明の件。そして、この晴れ晴れ荘に新しい住人が増えることをみんなに伝えた。

 一番最初にこのアパートに住むことになって、まだ若かったオーナーを見てきたオーバさんはかなり思うところがあったらしい。

「そうね~、不動産屋さんで紹介されてここに来たって言っても、ナオさんはまったく何もわかってなくてね、可哀想なくらいだったわ」

「それでもここに住むことにしたんですね。オーバさん、やるなあ」

 俺が言うと、オーバさんは俺の腕を叩いた。

「そんなこと言ったってしょうがないでしょ。放っておけないわよ。私だってね、行くところなくて困ってたんだけど、ナオさんの方がずっと困っていたんだもの。

 だいたい、家賃だって決まってなかったのよ」

「どうやって決めたんですか?」

 あんな格安に決めたのは、オーバさんだったのか!

「ナオさんがね、テレビで聞いた言葉を言ったのよ。月4万って。いくらなんでもそれじゃ少なすぎるって言ったら、月4万です、月4万ですって何度も繰り返すから、それで良いことにしたの。そのかわり、家のこと手伝ってくださいって素直にお願いしてきたのよ。ああ、この子、良い子なんだわ、って思ったらもう、ほだされちゃってね」

 オーバさん母性本能全開だったんだな。って、今でもそうだな。

「昔のことは何も聞かなかったの。言いたくなさそうだったし、恰好もすごかったけど、とにかく顔が酷かったから、聞かない方が良いと思ってね、だから、ナオさんの子どもの頃の話しなんて、私初めて知ったのよ。本当に…辛かったと思うわ」

 オーバさんが一番にここに来てくれて良かったなあと、俺たちはみんなで頷き合った。

 そんな基本的なことを改めて知って、俺の理想の家はますます賑やかになっていくことになった。


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