施設を訪ねる
次の日の朝、オーナーは身元不明者の施設を訪ねることにした。勿論サトさんも一緒だ。
「他にもう一人、一緒に行ってくれませんか?」
「俺は仕事だ」
トコロさんが言うと、オチ君も頷いた。この二人は仕事か。
「ダイチ君は?」
「俺は午後から仕事です。ていうか、オーバさんは?」
「私はあの子が来るから、できれば家に居たいわ」
あの子というのは、お花屋さんになりたい女の子だ。最近、ほとんど毎日のように庭いじりをしに来る。
「じゃ、ダイチ君お願いします」
じゃ、て。まあ、良いけど。
「了解っす!」
坂の下で車に乗り込み、俺たちは施設へ行った。
施設の種類にもよるけれど、ここはかなり小さな施設だった。まあ、需要はあまりないからな。それから、普通の施設では機械が取り仕切っているが、ここは違った。
玄関先でインターフォンを押すと、中から人間の声が受け答えた。
「晴れ晴れ荘の者ですが、ご隠居さんに面会を」
『ご隠居に?はい、どうぞ』
と、すぐに扉が開いた。ここは機械操作されているのだろう。中に入ると、小ざっぱりとした玄関があり、中年の男の人が出てきた。
「あれ、サトさん」
「こんにちは。ご隠居いらっしゃいますか?」
「いますよ。こっちへどうぞ」
どうも施設の職員っぽくない感じの人だ。普通施設の職員ならばそれとわかる名札を付けているものだが、この人は普通の恰好で名札もなしだ。つまり、きっとここの住人なんだろう。サトさんと顔見知りっぽいようだった。
通された部屋は、食堂のようなところだった。ダイニングセットとソファセット。それからあっちには大きなテレビがあって、かなり家庭的な感じだ。
俺たちはダイニングの方に座った。
『ドウゾ』
先ほどの男の人の専用機械がお茶を出してくれた。
そうして待っていると、すぐに例の爺さん、つまり徘徊者、ではなくて、オーナーのお父さんがやってきた。
顔つきも足取りもしっかりしているけれど、やっぱりあの写真と同じ人物とは思えなかった。
「どうも、こんにちは」
爺さんはそう挨拶すると、サトさんと握手をした。まるで取引先の人と商談をするかのようだ。
ガタン、とオーナーが立ち上がった。だけど握手をしたいんじゃないらしい。吃驚してつい立ち上がっちゃったみたいな感じだ。
「お、父さん」
オーナーが小さな声で言った。
サトさんがオーナーに座るように促している。
「お父さん?」爺さんが顔を傾けた。「儂のせがれはあっちにいるが」
どうやらこの爺さんは、俺たちを出迎えてくれたあの中年の男の人をせがれだと思っているようだ。オーナーのことを覚えていないんだ。
オーナーは何も言えず、ゆっくりと椅子に座り直した。
爺さんはオーナーが座るのを見ていたけれど、それが誰だか分かっていないようだった。勿論そうだ。それが分かっているなら、もうとっくにオーナーの待っている家に戻っているはずだからな。
「それで今日は?」
爺さんが言うと、サトさんがタブレット端末を取り出した。そこにいくつか情報を映し出した。
「ご隠居にこれをみていただきたいんです」
「はて」
「町はずれの丘の上にある晴れ晴れ荘の情報です。ここの元オーナーのことです。市民番号ト‐8080S。名前はダン・クラウチ」
「ダン・クラウチ?」
元オーナーはその名前を聞くと、徐々に目を広げた。そして何度も何度もその名前を呟いた。
聞いたことがある耳にしたことがあると思い出したのだろうか。自分の名前だと気づいたのだろうか。
しばらくタブレットを見つめたっきり動かなかった。
俺には随分と長い時間に感じた。
早く、何か言ってくれ。何か感じているんだろう、何かわかったんだろう、と思うのだけど、爺さんはなかなか何も言わなかった。
きっと混乱しているんだ。
長い時間だと思った。
そして、ゆっくりと目線を変えて、オーナーのことを見た。
「ナオ・・・か?」
気づいた!
気づいた!思い出したんだ!
「はい」
オーナーはゆっくりと頷いた。
クラウチさんは、手を伸ばしてオーナーの頬に触った。
「大きく、なって」
「はい」
今度こそ、オーナーは泣くかと思ったけれど、泣かなかった。感極まって手が震えているけれど、オーナーはいつもどおりだった。
「今は、いつだ。ナオ、他の人といても大丈夫なのか?」
「はい・・・この人たちは、晴れ晴れ荘の、家族、です」
オーナーはそう言って、俺たちを紹介してくれた。クラウチさんが驚いて俺たちを見ている。
「なんて、ことだ。なんてことだ。ああ、一体、何があって、儂は」
クラウチさんは頭を抱えて下を向いた。
彼は自分がどうしてここにいるのか、オーナーがどうして歳をとっているのか、晴れ晴れ荘に他の住人がいるのか、まったくわかっていないんだ。それが急に押し寄せてきて、頭というか気持ちが処理できないんだろう。
「ご隠居」
サトさんが話しかけると、クラウチさんは顔を上げた。
そしてサトさんをもう一度見た。それからこの部屋を眺めまわした。
「儂は、ご隠居、か?そうだ、ここで暮らして…ああ、ここは」
「身元不明者収容施設です」
「身元不明者の・・・そうか。つまり儂は身元不明だったのだな」
「そうです」
クラウチさんはものすごい混乱の中にあるはずなのに、サトさんの言葉をきちんと受け入れた。すごい人だと思った。