本当にこの家に戻ってきた
オーナーの話しでは、どうやら元オーナーは急にいなくなったらしい。それにしても、そんなに急にいなくなるものなのか?現実的にはどう考えても奇異しすぎて、もやもやする。
オーナーが話し終えると、オーバさんが何かを言いたそうにしているのを遮って、サトさんが口を開いた。
「元のオーナーが帰ってこなくなったということは、ナオさんは元のオーナーの行先がわかっていないということですね?」
「はい。帰ってくると思っていましたから」
「その時、捜索願いを出しましたか?」
「捜索願い?自分から出て行ったのに?」
オーナーはキョトンとしている。気づかなかったというよりは、まるでそれが何かを知らないかのようだ。それにきっと、元オーナーが自分から出て行ったのなら探してはいけないと思ったんじゃないかな。
だけどサトさんの言い分は違った。
「そうです。警察に届け出をしたかどうかです。状況からしてそんなに急にいなくなるとは思えません。事故や事件に巻き込まれている可能性を考えれば、警察に届けを…」
「サトさん!」急にオーバさんが声をあげた。「ねえ、まさかとは思うけど、ナオさんを疑っているの?捜索願を出さなかったから?」
「いえ、僕はナオさんがどうこうとは、」
オーバさんの迫力にサトさんはたじろいだ。そりゃそうだ。あんな、肝っ玉母ちゃんみたいに言われたら、サトさんなんてコロリだ。
「あの頃のナオさんは、本当に何にも知らない子どもだったのよ。私が来た時だって何もわからなくて、2人でいちから何もかもを学んでいったの。捜索願いを出さなかったことを言われたって、どうしようもできなかったのよ。もし警察に連絡しなかったことを咎めれらるのなら、そのことを提案しなかった私が悪かったんだわ」
オーバさんの鼻息が収まるまで、サトさんは次の言葉を発せないでいた。ただ見つめ合うオーバさんとサトさんではあったが、その中心にいるオーナーは何を考えているのかわからない、いつものぼんやりとした様子でただ座っていた。
「捜索願いを出さなかったということはわかりました。それが出せない状況だったということもわかりました。ナオさん、すみません。あなたのことを疑ったりしていたわけではないのです。ただ職業柄こういうことを聞いてしまっただけで」
「いえ」
「では、こうしていても仕方がありませんから、元オーナーのところへ行きましょう」
「「 え? 」」
全員がサトさんを見て驚きの声を上げた。
だって、そうだろ?サトさんは元オーナーの居場所がわかってるってことか?だったらなんで今、家探しなんてしていたんだよ。わかっているなら最初から元オーナーのいるところへ行けば良かったじゃないか。
俺たちの心の声が聞こえたんだろう。サトさんはみんなの方を向くと説明してくれた。
「その写真ですよ」
「写真?」
「そうです。そこに元オーナーの若い頃の写真がありますね。それを見てわかったんです。元オーナーが、今どこにいるのかを」
「さすが警察官」
思わずホレるね。昔の写真を見ただけで今いる場所がわかるって、警察官の鑑だね!
「ということは、サトさんが知っている人だったってことか?」トコロさんが聞いた。
「そう、ですね。僕と、オーバさんとダイチ君は会ったことがあるでしょ」
「は?」
いやいやいや、こんな顔の人見たことないけど?俺の知り合い?
俺とオーバさんが首をひねって考えていると、サトさんが言った。
「シロカネのご隠居って言ったらわかりますか」
「シロカネのご隠居?」
誰だそれ。てか、どこだそのシロカネって場所は。シロカネ、シロカネ、シロカネのご隠居…って、
「あ!まさか、あの徘徊の!?」オーバさんが声をあげた。
「え、あれ?え、あの人?ていうか、全然ちがくね?」
そういえば、俺がこのアパートに来てわりとすぐに、徘徊のじいさんがやって来たことがあったが。この写真とあの爺さんが同一人物だとは思えん。どこか似てるか写真をまじまじと見るが、あの爺さんは白い長髪で、顔ももっと丸かったようだけど、この写真の男性は黒い短髪で顔も細長い。同一人物か・・・?
「同じ人ですよ。歳をとったらあの顔になるんです」
さすが警察官。ていうか、多分サトさんだからわかるんだろうな。すげえな。
「じゃ、あの人、本当にこの家に戻ってきたのか」
あの時、あの人「ただいま」って帰ってきたんだ。
「でも、あの時息子さんが待ってるからって言って、サトさんが送って行ったじゃないの。どういうことなの?」
オーバさんが聞いてきた。他の面々も、オーナーも興味津々だ。
「シロカネというのは施設の名前です。息子さんと言ったのは、そこに一緒に住んでいる人のことで、本当の息子さんというわけではなかったのですが、その時捜索願いが出てたのですぐにわかったのですよ」
「シロカネの施設は何の施設なんだい?」トコロさんが聞いた。
ひとくちに施設と言っても、いろんなタイプがある。一番多いのが、介護される老人が入る施設だ。あの人は確かに老人だからそこの人ってことが考えられる。だけど、息子さんっていうのがいまいちよく分からない。老人の施設では老人しかいない。世話をするのは機械だから、息子が世話をしているのなら施設じゃないだろ。
「シロカネの施設はあまり知られていません。身元不明者の居る施設です」
サトさんの言葉は少し耳慣れないもので、みんななんだか釈然としない顔をしていた。
身元不明者の施設。
だいたいこのご時世、身元不明になることはほとんどないはずだ。みんな手首に携帯端末を付けているから、たとえ徘徊しようが何だろうが警察や役所の人に見つかれば、すぐに家に戻ることができる。本人がわからなくたって、携帯端末さえ身に付けていれば良いんだ。
だから身元不明者というのは極端に少ない。よっぽど酷い犯罪に巻き込まれたりすればそういうこともあるかもだけど、この平和な世の中でそんなの起こるとも考えにくい。俺だって物語の中でしか聞いたことがない。
だけど、一応身元不明者の施設があるんだ。なんらかの理由で市民番号がわからない人、そして、本人も自分が誰なのか分からない人が入る施設だ。どうやらオーナーのお父さん、つまり元オーナーはそこにいる、ということだ。
「身元不明者の施設に…」
オーナーは下を向いて頭を揺らし呟いた。そんなに苦しそうな声を出されると俺たちも苦しい。
「ナオさん、自分を責めないで」
オーバさんがオーナーの背中を撫でている。
オーナーは頭を振って顔を上げた。その顔は、相変わらず黒い眼鏡をしているから表情がまったく分からないけれど、それでも口調はしっかりしていた。
「いいえ、いいえ・・・無事がわかって・・・それに、私のことを捨てて行ったんじゃないって・・・父は、本当は帰って来ようとしていたんですね」
「そうよ、そうよ、ナオさん。見つかってよかったわ」
「そうですよ。オーナーのお父さんが見つかったんですね」
「だから、こないだ帰ってきたんですよ」
みんなで口々にオーナーを慰めた。オーナーは泣いていなかったけれど、きっとすごく泣きたかったんじゃないかと思う。
「オーナーは捨てられていない!良かった!」
それまで全然口を出さなかったオチ君が急に叫んだ。そんでいきなり泣き出した。ちょっ、オチ君、どうした、オチ君!
みんなはいきなり大声で泣き出したオチ君をどう慰めたら良いのかおろおろするしかなかった。だけど、彼の気持ちはわかる。養護施設で育ったオチ君は、親に捨てられた子どもだ。親に捨てられる悲しさを誰よりもよく知っている。勿論、愛情を注いで育ててくれた養護施設の職員がいる。だけど、やはり誰かに捨てられたという哀しみはどこまでもついてまわるだろう。だから、彼はこんなに喜んで、そして泣いたんだ。
「まあまあ、オチ君が泣いてくれるなんて」
オーナーは少し嬉しそうだった。良かった。
俺たちは他人ではあるけれど、一緒に住んでいる家族だ。こうしてお互いの痛みや悲しみや喜びを分かち合う家族なんだ。普段あんまり会話に混ざらないオチ君だってこうしてオーナーのことを気にかけていて、こんな時一緒に喜んだり泣いたりするんだ。
人間関係が希薄になっていると言われる世の中だけど、こんな関係があるって知れば、みんな家族になりたいって思うんじゃないかな。なーんてね。
とにかく、俺たちは泣いたり笑ったり忙しかったけれど、だけどなんかとても幸せだと感じていた。