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かなり基本的な質問


「ダイチ君!」

 今までそっちで書類のことを話していたサトさんが急に俺の名前を呼んだから、驚いて飛び上がった。

「な、なに?」

「その写真、あっ!」

 そう言って、サトさんは写真立てに走り寄ってきた。この至近距離で、文字通り走り寄ると、もれなく俺にぶつかる。

「いてっ」

「すみません、ちょっと、よく見せてください」

 サトさんはおざなりに俺に謝ると、まるでひったくるかのように写真立てに見入った。次々と映し出される写真は、今は景色の写真だ。サトさんはもどかしそうに次の写真を待つ。ほんの4,5秒が長く感じられるのだろう。次の写真になると食い入るように見入っていた。

「これ、この子オーナーの子どもの頃ですね、そして…」

 サトさんが続きを言う前に、次の写真へ移る。今度は子どもだけの写真だった。相変わらず前髪がぼさぼさで顔なんてほとんど見えやしない。それなのに、サトさんはこれがオーナーの子どもの頃の写真だと確信を持っているようだ。

 そういえば、サトさんは人の顔を覚えるのが特技だと聞いたような気がする。ウチの嫁の顔も当てたしな。

「一緒に写っていた男の人が、元オーナーってことですよね?」

 サトさんが俺に確認してくるが、俺だってそんなことは知らない。オーナーの方を向くと、オーナーは写真など見ようともせずに、頷いていた。まあ、見なくてもわかるか。知らないおじさんと写真に写るなんてことあんまりないだろうし、その写真を飾るなんてこともないはずだ。

 そうこうしていると、再び子ども時代のオーナーと元オーナーのツーショットの写真が映し出された。

「なになに、なんなの。子どもの頃のオーナー?」

 興味深そうにオーバさんたちが集まってくる中、サトさんは難しい顔をしていた。

「なんてこった」

 サトさんがボソっと呟いた言葉で、俺たちは静かになった。サトさんはこの写真の男の人に心当たりがあるに違いない。そして、もしかすると何か難しい問題があるのだろう。まあ、そうでなければ元オーナーの行方がわからないなんてことはないからな。

 それにしたって、元オーナーは一体どこにいるんだろう。なぜここにいないのだろう。部屋がまるまる残されているってことは、ここに帰ってくる予定だったのだろう。それってどういうことだ。帰ってくる予定だった人が帰ってこなかったということは、何か事件があったんじゃないだろうか・・・ということに今更ながら気づいたのだった。


 サトさんは写真立てを持ったまま、執務椅子に座っているオーナーの前に立った。オーナーは写真を見ようともしない。サトさんのほうを向くこともしないで、ただじっと机に向いているだけだった。

「ナオさん。いくつか聞いて良いですか」

「はい」

 サトさんが聞くとオーナーはサトさんの方に顔を上げて小さく頷いた。

 サトさんは何かを言おうとして、息を吸い、また口を閉じた。しばし視点が机の上をうろうろと動いているみたいだ。なにかためらっているんだろう。何を聞いたらいいのか言葉を探しているのかもしれない。

「元のオーナーは、いつからいないのですか?」

 やっとサトさんの口から出たのは、かなり基本的な質問だった。俺たちは元のオーナーのことを何も知らない。オーバさんがこの家に来た時にはすでにいなかったようだし。

「確か…10年くらい前だと思います」

「あら、私が来た時にはいなかったわよね」

 オーバさんが言うと、サトさんはオーバさんに聞いた。

「オーバさんがここに来たのは、何年前だったんですか?」

「そうねえ、じゅう…2年くらい前かしら」

「12年前ですか。その時にはもう元のオーナーはいなかったのですね?」

「そうよ。ナオさんひとりだったわ」

「そうなんですか?」

 サトさんはまたオーナーに向き直って聞いた。オーナーは執務机に肘をついて、少し考えるように口を覆っている。思い出すには10年は長いからな。

「元のオーナーがいなくなって、すぐに、オーバさんが来たんです」

「その時のこと、少し話してくれませんか?」

 サトさんが言うと、オーナーは下を向いた。それからゆっくりと話しはじめた。


「元のオーナーつまり父と、私は、ずっと二人でここに暮らしていました。12年前、ですね、あの日、『そろそろ私だけでなく他の人がいても大丈夫かね』と父は聞いてきました。

 私は大丈夫だと答えると、父は出かけて行きました。何かの手続きをしに行くのだろうと思っていました。だけどその日、父は帰ってきませんでした。その日だけでなく、ずっと帰ってきませんでした。その日から父はいなくなったんです。

 私は父がなぜあんなことを聞いたのかを考えました。そろそろ他の人がいても大丈夫かというのは、父がいなくなっても大丈夫か、という意味だったのだろうとわかりました。父は私と2人きりの生活をを止めたのだと思いました。

 それから数日後に、オーバさんがやってきました。それで、父の言っていた『他の人』の意味がわかりました。父ではなく他の人と暮らすのだとわかったのです。父はそのための手続きをしに出かけて行き、そうして帰ってこなかったのです」


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