紙の書類
そこでサトさんが口を開いた。
「まずは元のオーナーを探すことが先決ですね。僕ができることをしますから、名前などを教えてください」
さすが警察だからこういうことは得意らしい。だいたいこの町は安全だから、治安維持なんてあんまり必要ないだろう。どちらかというと、しばらく前に現れた徘徊の爺さんの相手をしたり、今回みたいな人探しをしたり、そういう仕事の方が多いんじゃなかろうか。市民登録は役所や警察の仕事だもんな。
「名前、ですか」
オーナーが呟いた声に俺たちはぎょっとせざるを得なかった。
「ちょっと待ってオーナー、元のオーナーの名前、知らないんっすか?ていうか、どういう関係で、オーナーはここのオーナーになったんですか?」
「どういう関係って…親子のようなものですが」
のような、ってどんな関係だよ。
「親子じゃないんですか?」
もしやかなりデリケートな話題なのか?しかしここは聞かなければならない。他の面々はなぜか質問をしようとしないが、知っていることなのか?
「私は、お父さんと呼んでいたので」
じゃあ、親子だろ。
「だけど、名前がわからないと?」
「はい」
「わかりました。じゃあ、とりあえずこの家の情報を探してみましょう。この家にあるんじゃないでしょうか」
サトさんはオーナーには聞かないで、情報を探すことを提案した。なるほど、その方が確実な気がする。
「あ、はい。父の部屋は2階でしたので、たぶん、そこに」
オーナーはそう言うと立ち上がった。みんなもそれに倣って立ち上がった。これから元オーナーの部屋へ行くんだ。
2階の部屋はどこの部屋も扉が開いている。それは、なぜか俺が来た時からそうだった。部屋に誰もいない時は開いているんだ。逆に、寝ている時や着替えている時は開けてちゃマズいから、閉まっている。つまり、今はどこの部屋も扉が開いている状態だ。
だけど、俺は知っていた。このアパートに来た時にひとつだけ扉が閉まっている部屋があるのを。気になっていたんだよ。あそこはどうして閉まっているのか。
角部屋だから物入れってことはないだろう。
扉が立派だし。すげえ良い木使ってるんだぜ。
きっとあそこが元オーナーの部屋だ。俺だけじゃなくてみんなもそう思っているようだった。
部屋の前に立ち、ノックをした。勿論誰もいないが、っていうか居たら怖えだろ。
なぜかオーナーはみんなの後ろにいた。取っ手を握っているのはサトさんだ。さすが警察官。
サトさんはとまどいなく取っ手を回した。
ギイと、俺たちの部屋の扉とは違う、少し重たい音をたてて扉は開いた。彫刻の施してある豪華な扉の向こうには、俺たちの部屋とは明らかに違う豪華な部屋が静かに主の帰りを待っていた。
長い間誰もここに来なかったことが伺えるように、部屋は片付いているものの生活感を醸し出したままに埃っぽくなっていた。カーテンが開いているが、外は夜のため暗い。それが妙に物悲しく感じさせた。
明かりを点けて部屋に入った。しばらく誰も口を開かなかった。
「少し、窓を開けない?」
やっとオーバさんが口を開いた。
確かに埃っぽいもんな。オーバさんはすぐに窓を開けに行った。
部屋はわりと広い。少なくとも俺たちの寝台と机だけの部屋とは違っていて、まず豪華な応接セットがドンと構えていて、その向こうに執務机と椅子がある。それから壁には本棚が天井までそびえていて、紙の本がぎっしりと壁を埋め尽くしていた。
映画で見るような、昔風の書斎という感じだった。
この家に住む俺たちだって、こんな旧式な生活できないだろうってくらい、木と紙でできている部屋だ。情報を探すにしても機械がない。
その中でひとつだけ、機械と呼べるものが本棚の中段に飾られていた。
写真立てだ。
電源が入っていないから写真は映し出されていない。ツルりとした表面はきっと普段からよく磨かれているのだろう。
「あ、ありました」
執務机の抽斗を見ていたサトさんが、すぐに目的の書類を見つけたようだった。さすが警察官。
「あったの?」
「紙の書類?」
オーバさんとトコロさんが興味深そうに覗き込んでいる。それなのにオーナーはまるで関心がないかのように、執務椅子に座っているだけだった。
「不動産関係の書類はみんなここにあるようですね。これがあれば、新しいアパートを作る参考になると思います。それから、こっちは市民登録番号が、」
と、サトさんが説明しているそばで、俺は写真立てのスイッチを入れた。なんとなく、どんな写真が飾られていたのか知りたかったのもあるが、写真立てが電源を入れてほしそうだったんだ。
ボワンと軽い音がしてすぐに写真立てに写真が映し出された。4,5秒ごとに次の映像に移るように設定されているらしい。
この家の庭と思われる景色の写真や、海の写真、それから小学生くらいの子どもとお父さんの写真が次々と映し出される。多分、この子どもがオーナーなのだろう。子どもは前髪が長くて顔がよく見えない。今もそうだけど、この頃も男の子だか女の子だかわかりにくい。元オーナーと思われる人の顔はほっそりとしていてとても優しそうだった。オーナーと表情が似ているような気がする。
俺が写真を見ていると、サトさんが急に大きな声をあげた。