この家は住みにくい
デヴィの件が落ち着いた頃、食事の席でオーナーがボソりと言った。
「この家は・・・住みにくい、ですかね」
俺たち全員、頭にハテナを浮かべた。俺たちにとってはこの上もなく暮らしやすい家だ。皆優しくて温かくて良い人たちだし、美味しい食事にありつけるし、自分のことは自分で決められる。
「私は住みやすいわ」
オーバさんが言うと、サトさんとオチ君が頷いた。
「こんなに思う存分料理ができるところなんて、他にないんだ。ここは住みやすいとかそういうのを超越してる」
トコロさんが唸るように言った。
「でもデヴィは」
オーナーがそう言うと、みんなはアッと気づいた。
確かに俺たちには住みやすい、理想の家かもしれないけれど、デヴィのように、この家が住みにくいと感じる人もいるだろう。
「でもそれってさ、多少の努力は必要だよな」
「彼女は仕方がないわよ。あんな状態だったのよ。精神的に不安定だったんだから」
俺の意見にオーバさんが反論する。まあ、確かに努力できない状態ってのもあるよな。
「デヴィのような人にこそ、こういう家に住んで欲しいと思うんですよね」
オーナーの言いたいことはわかる。
彼女のように傷ついている時にこそ、不安定な時にこそ、この家の人たちみたいに、人の痛みのわかる仲間と接することが大切だ。機械に世話をしてもらうんじゃなくて、人間同士で話し合ったり、笑い合ったりすることが必要なんじゃないかってことだろう。
「まあ、それって、色々矛盾していると思うわねえ」オーバさんが言った。
「矛盾?」
「そうよ。だって、不安定な時だからこそ、誰かの手が必要なのに、この家は自分のことは自分でやらなければならないもの。だけど、誰かと接するっていう意味では、この家の人たちはうってつけじゃない」
「つまり、ハードがもうちょっと何とかならないと、ってことですね?」
「旧式ですからね」
サトさんがひと言でまとめた。簡潔だなあ。
オーナーが何を言いたいのか、みんな何となくわかった。とりあえず、朝食の時にいつまでも喋っているわけにはいかない。みんなそれぞれ仕事があるからな。だから、その話しはひとまずそこまでだった。
そして、一日の間にオーナーはこの家の在り方みたいなのを、何やら考えていたようだった。話の続きは、夕食の席に持ち越していた。
その日の夕飯の時、その日は俺も仕事が早めに終わって一緒に食べることができた。
「うまい!これ最高ですね!」
「そうかそうか」
俺の目が発光するんじゃないかってくらい美味くて思わず大きな声が出てしまったが、トコロさんは嬉しそうにその渋い顔を歪めた。この人、強面だけどなんか可愛いんだよな。
俺が絶賛した料理は、お米の上に茶色いドロ飯みたいなのがかかっているヤツだ。パッと見た時、以前のドロ飯を思い出して、ゲーってなったのは内緒だが、とにかくなんだか鼻の奥が刺激される良い匂いがしていた。味も、ドロ飯みたいにどんより甘いんじゃなくてその真逆で、どちらかというと塩気がメインで、だけどすごい刺激的な味だった。ちょっと口の中が痛みを感じるような刺激があるが、これがまた美味い。ご飯と合うし、匙で掬ってがつがつ食っちまった。
「珍しい調味料を手に入れたんだ。野菜も魚も新鮮だから美味いだろう」
「はい!おかわり!」
「あはははは」
みんなが俺を見て笑っているが、だって美味しいだろ?
「やっぱりトコロさんの料理は外せませんね。この家の特徴のひとつですね」
オーナーが舌つづみを打ちながら冷静に分析している。これはもしかして、朝の話しの続きだろうか。案の定、オーナーはそのまま話し続けた。
「他に、この家の特徴で良い点を教えてもらえませんか」
「この家の良いところってことですか?そうねえ」
オーバさんも料理をかっ込みながら考えている。
「みんなでご飯を食べることじゃない?」
「オチ君は違うみたいですよ」オーナーが笑った。
ん?オチ君はみんなでご飯を食べるのは嫌なんだろうか。
「もう慣れました」
オチ君が口にたくさんご飯を入れながら、もぐもぐと反論した。
そうか、慣れたってことは、最初のうちはあんまり好きじゃなかったのかもしれない。
「食事は一緒、食後もここでお喋りをするのを、オチ君は出てこようとしなかったんですよ。だから、強制参加にしたんです」
オーナーが教えてくれた。
「へえ~」
俺が頷くと、オーナーが
「ダイチ君は言わなくても、問題なくお喋りに加わっていましたけどね」と笑った。
そういやそうかも。俺はそれが居心地がよくて、みんなと馴染むきっかけになったから、良い習慣だなと思っていたんだけどな。そういうふうに感じない人もいるってことか。
「みんなで片づけをするのも、良い習慣だよな」
「・・・」
俺が言うと、オーバさんは頷いたが、オチ君とサトさんは無言だった。
もしや二人は、これもあんまり好きじゃないのかもしれないな。まあ、感じ方はそれぞれだからな。
「一緒に食事をしたり片づけをしているとさ、家族っぽいなーって思うんだよね。片づけをしてこそのこの家の一員っていうかさ。機械に片づけてもらっていたら、機械の家みたいだもんな」
俺が言うと、今度はみんなが頷いてくれた。