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ここに居ないのに


 デヴィが施設に行ってから2週間が経った。

 トコロさんは相変わらず、デヴィが何を食べられるかを考えている。

「きっと、もっと柔らかいものだったら食べられるはずだ」

 そう言って、俺が具合悪くなった時に作ってくれたようなお粥を作ったり、野菜をものすごく柔らかく煮たりしていた。

 もう彼女はここに居ないのに。

 もう彼女はここには来ないのに。

 だいたいトコロさんは負けず嫌いなんだよな。だから自分の道を曲げることができないで、結局この家に住むことになったんだ。(息子の嫁さんに追い出されたって聞いたよ)

 他の人もそうだ。

 みんな“自分”が大切で、自分の信念を曲げなかったから、こんな幽霊屋敷にしか見えないアパートに住んでいるんだ。

 デヴィがここに住めないなんて、当然すぎるってもんだ。



 その日は休日で、俺はオチ君を手伝って、あの暴力男が壊した扉を直していた。一応応急処置はしておいたんだが、雨風凌げれば良いってわけじゃないからな。それで注文しておいた新しい扉が今日運ばれて来た。

「うおー、すげえ!こんな木の扉、よく手に入ったなあ」

「ダイチ君、ドームの外には森だってあるんですよ。海を見て分かったと思いますが、大地は広いんです。僕たちが住んでいるのは比較的狭いドームだと言うことは知ってますか。この扉の材料は・・・」

 おおー、オチ君のウンチクが始まったぞ。

 普段あんまり喋らないように見えて、オチ君は説明し出すと長い。頭が良いんだよな。普通機械任せのことを、オチ君は自分で覚えてるんだ。色んな事に興味があるし、よく覚えている。サトさんとはまた違った意味でAIに負けない頭脳のような気がするぜ。

 まあいい。今は、とにかく扉だ。

 扉には蝶番というのがあって、そこに釘がネジネジってねじ込まれているのを、取り外し、新しい扉を付けて釘をネジネジ。こういう作業は電動工具を使うし、ロボさんが手伝ってくれるから、扉が重いとはいえ、なんとかなった。へえ~、人間でも扉の付け替えができるなんて思わなかったぜ。


 そんな作業をしている時、外壁の扉が開いた。

「お?」

「あ、デヴィ」

「あの、こんにちは」

 なんと、デヴィがいたのだ。すっかり元気そうになって怪我が治っただけじゃなくて、表情もとても良くなっていた。

「どうしたんですか?」

 俺が言うと、デヴィはすこしはにかむみたいな顔をして

「あの、お料理を教えて頂こうかと思って」

 と言った。

「え!?あ、えっと・・・ああ、ハイ!と、トコロさーん!」

 オチ君は固まって動けなくなっていたので、俺は大急ぎで家に入り、トコロさんを呼びに行った。


 休日ということもありオーバさんは、以前ここに来たお花屋さんになりたい女の子と庭の手入れをしている。サトさんとオーナーは居間にいた。

「トコロさん!」

「どうしたんです?」

 俺が血相変えて居間に行くと、オーナーが聞いてきた。

「トコロさん、いますか?あの、で、デヴィが来たんですよ」

「え、デヴィさんが?」

 サトさんは休日モードから、警官モードに顔が変わった。オーナーも少し身構えた感じになってる。

 って、違う。別に怒ってるわけじゃない。って言おうと思ったけれど、先にトコロさんだ。

 台所に行くと、トコロさんが果物や野菜を前に腕組みをしていた。今夜のメニューを考えてるのだろうか。

「トコロさん、デヴィが来てるんですけど、良いっすか?」

「え、デヴィが?」

「はい」

 そう言っていると、デヴィがもう、台所までやってきていた。そりゃそうか。短い間とはいえ、ここに居たもんな。台所の場所くらい覚えてるよな。

「デヴィ」

 トコロさん、顔、怖いっす!

「あの、その節は、失礼なことをしてしまって、すみませんでした」

 デヴィはしおらしく丁寧にお辞儀をした。

「デヴィ・・・わざわざ謝りに来たのか?」

「いえ、あ、はい。あのっ、私、トコロさんに、お料理の仕方を教えていただきたくて。あの美味しい、甘くてオレンジ色の・・・」

「ニンジンの砂糖漬けか!」

 トコロさんはいきなり目を開き、デヴィに詰め寄った。

 怖い!トコロさんの迫力が怖い。だけど、これって怒ってるんじゃなくて、喜んでるんだからな。わかってくれ、デヴィ。

「はい、ぜひ」

「よし、じゃあ、まず手を洗え。そこだ、そこ」

 いきなりお料理教室が始まった。

 トコロさんは見た目ちょっと怖いけど、本当はすごく優しい人だ。そしてずっと人を恨んだりしない。こうして相手が心を開いてくれればすぐに応じてくれる。

 うん、良い人だ。

 デヴィはここに住むのは難しかったけれど、結局トコロさんの料理は美味しかったのだそうだ。あの時はまだ体調もよくなくて急には固形物を食べられなかったけれど、トコロさんが心を砕いて自分のためにメニューを考えて料理をしてくれたことはずっと気になっていたらしい。

 それでこうして来てくれたんだ。ただ来てくれただけじゃない。トコロさんに作り方を習いたいなんて言うんだから、トコロさんにとってはこれ以上ない嬉しいことだ。デヴィの歩み寄りをみて感心せずにはいられなかった。


 デヴィは施設を出て、新しくアパートを借りて住むそうだ。そして、週に一度ここに来てトコロさんに料理を教えてもらうことになったらしい。

 トコロさんはすごく嬉しそうだった。



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