玄関の外は大騒ぎ
玄関からは扉を叩く音が響いていた。乱暴に叩く音というよりは、体当たりでもしてるんじゃないかってくらいのすごい音だ。この家は普通の家と違って木でできているから、体当たりなんてされたら壊れちゃうんじゃないかという不安がよぎる。
さらに声も聞こえた。外で叫んでるのは男の声だ。
サトさんが玄関にいるらしいが、これじゃ、開けるに開けられないだろう。てか、開けちゃダメだ。
トコロさんも立ち上がって、玄関に行った。
オーバさんとオチ君とオーナーは無理だろ。
ここは、男の俺が行かなきゃな。俺は寝不足の頭を振って立ち上がると、玄関に行った。
― ドンドンドン!ガン!ガン! ―
「デヴィ!出てこい!すぐに出てこい!早く出てこいって言ってんだろ!」
玄関の外は大騒ぎだった。
後ろを向くと、階段の下にあの女の人が震えながら立っていた。そうか“夫”だ。すぐに分かった。
「どうしますか。このままだと扉が壊れてしまう」
サトさん、あなた本当に落ち着いてるねえ。こんな時によくもまあ冷静に「どうしますか」なんて言えるもんだ。
「開けちゃダメですよ。あの女性の旦那らしいけど、絶対ダメだって」
「しかし、話してみないとわからないですし」
― ドンガン!ドンドンドン! ―
騒がしいな、オイ。
― ピーピーピーピー ―
今度は何だ、と思ったら、ロボさんが何やら赤い警告灯を回しながら玄関にやってきた。いや、ダメだろ。ロボさん旧式なんだから。ネットワークにも繋がってないのに。
― ガン!バキバキバキ、メキ ―
メキっつったけど!?ちょっ、扉ヤバいんじゃないの。
「お、押さえないと」
俺は慌てて扉を押さえた。そうすると向こう側からの振動が伝わってくる。破城鎚撃ち込まれてる気分だ。
「やっぱり開けましょう」
サトさんは何としても開けたい派らしい。
「でも」
俺は開けたくない派。
だがしかし、このままではどちらにしろ扉は開いてしまう気がする。それならば、せめてこちらから開けて、扉の破壊だけは阻止したほうが良いだろうか。
「開けなきゃずっとこのままですよ」
事態は変わらないと言いたいんだろうけど、やっぱり危険だろ。どう考えたって扉の外にいるのは普通の人間じゃない。獣だ、獣!
「う~~~~くそ!」
他に方法はないのか!外がうるさくて良い考えが浮かばない。
「やりますよ。少し後ろに避けていてください」
マジで・・・
サトさんは扉の鍵を回そうと手をかけた。
ちなみに、この扉は向こうに開く。
サトさんが鍵を回した。カチと小さく音が聞こえた。そして扉を開こうと、押した・・・
― バン!ガンガン! ―
・・・開けさせろや。
向こうから体当たりしてきているので、鍵を開けてもこちらから扉を開けることはできなかった。
体当たりをしているということは、少なからず助走を付けているはずだ。つまり、一呼吸向こうに退いてから、こちらに突進して体当たりをする。
その一呼吸を計って、サトさんが扉を開けた。
そして体当たり体勢の男が、扉の中に飛び込んできた。
「うわあああ!」
誰のものともわからない、男の悲鳴が玄関に響き渡る。
転がり込んできた男が手足を大きくばたつかせて立ち上がり、廊下の奥の方にいたあの人に気づいたのだろう。
「デヴィ!このやろう!」
と大声で叫んだ。そのまま彼女に掴みかかろうとするのを、俺たちが総出で押しとどめる。
「うわっ」「待て待て!」「落ち着いてください」
「うらっ、どけえ!」
「ピーピーピーピー」
転がり込んできた男は玄関にある靴やら杖やら傘をこっちに投げたり、それで叩こうとしたりして、手が付けられない。
「ちょっ、痛え!」「やめろ!」
「どけってんだよっ」
なんだ、この男!
俺たちが3人がかりでも、全然止まらねえで暴れまくって、ヒトん家の物だろうが何だろうが投げるし・・・
「器物損壊罪です」
そんな獣のような相手に、サトさんは冷静だし。
俺はしこたま靴のかかとで殴られた。
― キイイィ・・・・・・ン ―
そこに耳を劈くような高い音が響いた。
「うわっ」
誰もが耳を塞いで蹲る。平衡感覚がバカになるような凄い音だ。俺だって立っていられない。倒れそうになるその時見たのは、片側のアームを折られたロボさんと、その男を背負って投げ飛ばすサトさんの姿だった。
さ、サトさん、すげえ。
― ドサ ―
サトさんが男を投げ飛ばすと、あの甲高い音は止んだ。
男は背中をしこたま打ったらしく、呆然と仰向けのまま空を見ている。すぐさまサトさんが、腰に持っていた機械を男に向けると、男は拘束具の中にスッポリと収まった。
へえ、拘束具って初めて見たよ。繭みたいだな。
「みなさん、大丈夫ですか」
サトさんは冷静に周囲を確認していた。
「ロボさんの腕が」
見事に折れてしまっている。可哀想に。
「身を挺して僕たちを守ってくれたんですよ。ロボさんはロボットの中のロボットです。あの音も、ロボさんがやってくれなければ、もっと大変なことになっていました」
「そうなんだ」
ロボさん、ありがとう。君のことは忘れないよ。
と思ったら、そうでもないらしい。
「オチ君が直せるから大丈夫ですよ」とのことだ。どうやら、旧式の機械というのは直すのはそんなに難しくないらしい。
この後警察が来てサトさんと一緒に男を連れて行ってくれた。何から何までサトさんがやってくれたが、この人がいてくれて本当に良かった。
大暴れした男は施設に入れられたので、きっともうお目にかかることはないだろう。とはいえ、ヤツが残した爪痕は凄まじかった。
俺とトコロさんはひっかき傷や打撲が体中にできてしまい、数日間痛い思いをしなければならなかった。
そして扉は無残にもボロボロだった。よくもまあ、破られずにいたもんだ。
とにかく恐ろしい思いをしたが、全員無事で何よりだった。