居間のソファに
家に着いて玄関の前に立つ。いつもは開いてるけど、さすがにこんなに真夜中では扉は閉まっている。鍵、も閉まっていた。俺は部屋のカギを出すと、鍵穴に差し入れて回した。
微かな金属音が鳴って手ごたえを感じる。取っ手を回すと扉が開いた。
玄関に女の人を招き入れ、内側からまた鍵を閉める。
「どうぞ、靴、脱いでくださいね」
そう言ってから気づいたけれど、靴を履いていなかった。まあ、仕方がない。
廊下は暗いが、階段に明かりが点いているから、問題ない。静かに家に上がり、階段を上った。俺の部屋の扉はまだ開いていて、部屋は真っ暗だ。
「どうぞ」
部屋の明かりを点けて、その人を部屋に招き入れた。
「ここ、俺の部屋なんですけど、今日はここで休んでください。俺の寝台で悪いけど、汚くないですから。あ、でも安眠装置はないから、その辺はすみません。じゃ」
それだけ言って部屋を出ようとしたらやっとその人が普通の声で話した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみません」
「うん、じゃ」
「あのっ、あなたは、どうするんですか」
「俺?俺はー、下に行きますよ。居間にソファがあるからそこで」
「え、でも」
「大丈夫です。ていうか、あんたが居間にいたら逆に怪しいから、気にしないで」
「・・・はい。すみません。ありがとうございます」
「じゃ、よく休んで。朝になったら来るから」
「はい」
という会話をちゃんとした。大丈夫だ。この人、変な人じゃないらしい。目を見て会話ができるし、人のことを気遣える常識人だ。
さっきはきっと動転していたんだろう。
しかしなあ・・・夫が殴った、というには酷い傷だ。それに2階とはいえ窓から放り出されたら、最悪死ぬだろ。人を放り出すなんて、あり得ない。どんだけ酷い夫なんだ。いや、そもそも、本当に夫のしわざか?ロボットじゃないのか?どっちにしろ酷いが。
俺だって嫁に追い出されたけど、こんなひどいことはなかった。人を傷つけるだなんて、大昔の人間のことみたいじゃないか。
居間のソファに寝転がって色々考えてみたが、あの人を連れてきて良かったと心底思った。
それにしてもソファって寝にくいな。頭が高くて首が苦しい。
とはいえ、腹の上に上着を乗せて、もぞもぞ動いているうちに、いつの間にか眠っていた。
「ダイチ君、ダイチ君」
小さな声で起こされる。うーん、待ってくれ。昨日帰ったの遅かったんだよ。まだ眠いから。
目が開かない。
「ダイチ君、ダイチ君」
うーん、もうちょっと・・・って、声出てないか。
眠い。
「ダイチ君、部屋にいる人、誰ですか」
部屋に居る人?
あ!
ガバっと起きた。さすがに目が覚めたぞ。
ソファの前にはサトさんが立っていた。まだ陽は出ていないようで部屋は薄暗い。
「サトさん、す、すみません」
よくわからんが、謝ってしまった。
「ダイチ君の部屋に女の人がいるでしょ、奥さんですか?」
俺は起き上がって頭を掻いた。うーん、なんて言ったら良いんだ?
「すみません、俺の嫁じゃないんですが、えーっと」
「夜中に泣いてたんですよ」
「あー、すみません。うるさかったですか」
「いや、それは良いんだけど、どうしたのかと思って」
サトさんって、謙虚だよなあ。波風立てない性格なんだろう。見たことない女が俺の部屋にいても、俺が居間のソファで寝てても、大声出したりしないでこうして冷静に話しを聞きに来るんだから。さすがだ。
俺は昨日の夜にあったことをサトさんに話した。サトさんは真剣に聞いてくれて、そして納得してくれた。
「わかりました。それは確かに危険でしたね。あの女性の名前は聞きましたか?」
「え、名前?そういや聞かなかったな」
「では、起きたら聞いてみましょう。家の人にも言っておいた方が良いですね」
そう言って、サトさんは2階に上がって行った。
俺はまだ眠かったから、またソファに横になったらぐっすり眠ってしまった。その間に、みんなは居間に降りてきたんだろう。
いつの間にかトコロさんの作る朝食の良い匂いがしていて、テレビが付いて静かな音楽が流れていた。それからみんなの話し声もなんとなく耳に入ってくる。
しかし俺は眠い。
夢の中にいるような感じで、みんなの朝の音を聞いていた。
良い家だよな。みんなでお喋りをしながら朝食を食べる。それも、何が入ってるのかわからないようなジュースじゃなくて、トコロさんの手作りの朝食だ。美味しくて栄養も考えられている。素朴ではあるけれど俺にとっては何よりのご馳走だ。
ああ、良い匂いだなあ。
なんとなくみんなのいる空気感はあるのに、眠くて手足は動かない。声は聞こえるけれど、何を言ってるかはわからないしな。こういうのって眠ってるっていんうんだろうな。
そんなことを考えている時だった。
― ガタン! ―
大きな音がした。
朝の音じゃない。俺の眠りを妨げる耳障りな音だ。思わずソファの上で身を捩るが、またどこかからダン!と音がした。
「なんだ?」「何かしら」
みんなも少しざわついている。
― ガンガンガン!バン! ―
音はさらに大きくなった。
「玄関ですよ」
サトさんの声が聞こえた。いつものあの抑揚のない声じゃない。緊迫した声だ。
― ガンガンガン! ―
こ、これは・・・悠長に寝てられない音だ。俺が起き上がると、みんなは玄関の方を向いていた。