そういうショックか
子どもがやってきて、ジュースを飲んで、しばらく泣いていた。そうだなあ20分くらいかな。そんなに泣いてると目が溶けじゃうぞ。
そう思った時、子どもはやっと話すことができるようになったみたいだ。
「ボクの、父さんと母さんが・・・り、離婚する、って。うわあん」
あー、なるほど。そういうショックか。
「父さんも、母さんも、ボクに一緒に来いって・・・言うけど」
なら良いじゃねえか。
今どき、子どもは宝だからな。子どもを欲しがる人は多い。離婚したって子どもが一緒にいれば、たくさんの権利が手に入るってのもある。双方に子どもなんて要らないと言われたわけじゃないのなら、そんなに絶望して泣くほどのことではないと思うが。離婚なんて珍しくもないし、片親のやつだっていくらでもいる。
たとえ両親が親権を放棄しても、子どもの貰い手はいくらでもいる。(むしろ、オチ君のようなケースはかなり稀なんだ。)だから実の両親が来てほしいと言うのなら、そんなに絶望することではないと思うんだが。
「そんなのは嫌だ。だから・・・ボクが、父さんと、母さんを、捨ててやるんだ。どっちも一緒になんて、暮らさない。一緒に・・・行ってやらないんだ」
はあ?
子どもは泣きはらした顔をしていて、まだ涙も出ているけれど、ものすごく強い意志を持っている目をしていた。
「だから、ヒトリで暮らす・・・ここなら誰もいないと思って、ひくっ、ヒトリで、住もうと、思ってっ」
「来てみたら、人がいたんで驚いたってわけか?」
「うっ、うわあ~ん」
「ダイチ君!」
思わず口を挟んだら、また子どもに泣かれた。
って、また俺のせいかよ!いちいち泣くなよ、子ども!
「でも、そうだろ?つまり、親の離婚に反対して家出してきたってことじゃないか。ボウズ、根性あるな」
俺がそう言うと、子どもは涙を引っ込めた。
うん?なんでだ?
まあ、いいや。
「そうだったの」
オーバさんがしんみりしている。
「だから、あのっ、ここに、住ませてください!ボク、何でもしますから。お願いします!」
子どもは立ち上がると、お辞儀をした。
「ここに?」オーナーが驚いている。
「お願いです!」
子どもは必死だ。これが最善だと思ってるからな。
「家賃は月4万。現金払い」
「う、うわああん」
俺が言うと、子どもはまた泣いた。今度は誰も俺のことを責めなかった。ただ、子どもだけが「そんなことできるか」という抗議の泣き声をあげただけだ。
そうは言っても、これはここの家のルールだ。どこに住むにしたって、必ずルールはある。家賃が払えないなら、払えないなりのルールのある家があるんだ。だから、この家では最低限、家賃を月4万、格安とはいえ現金で払う。これがルールだ。
子どもは泣いていた。家賃月4万が払えないからだ。しかし、問題はそこじゃない。
「だいたいまだ就学児童だろうが。一人暮らしなんてさせられるか」
俺が言うと、みんながこっちを向いた。
「そうよねえ」
オーバさんが呟く。っておい、気づいてなかったんかい。
「俺たちが住ませてやりたくたって、法律的に無理なんだよ。ボウズ、だからここに住むのは諦めな」
冷たいことだけど、本当のことだ。誰かが言わなきゃならない。
子どもは思いっきり溜めて大声で泣こうと身構えた。
ところが、そこでオーナーが立ち上がったので、子どもはヒクと息を吸って泣くのを留まった。
「ねえ、坊や。ご両親の離婚はあなたにはとても辛いことですね。本当は一緒に居てほしかったのでしょう?」
オーナーが話しはじめると、子どもは神妙な顔をしてオーナーのサングラスを見つめていた。
「あなたはもしかすると、ご両親に捨てられたような気がしたのかもしれませんね。それで、自分の方から捨てる、なんて言ったんじゃないですか?」
そう言われて、子どもはグッと口に力を入れた。
「ご両親にどんな理由があったのかはわかりませんが、あなたがそのことで非常に傷ついたことはわかります。家族が離散することは悲しいことです。だけどね、家族は捨てられないものなんですよ。捨てたくたって捨てられないものなんです。だからね、あなたは捨てちゃダメですよ。あなたが大事にとっておけば、ずっと家族でいられます。離れても、家族でいられますよ」
「でも・・・どっちかは別に暮らすのに」
「それでも家族です。だって、その人たちはあなたのお父さんとお母さんなんですから。どんなに他人が何かを言っても、それは紛れもない事実です。家族は・・・あなたの心が作るんですよ。あなたが捨てなければ、ずっと家族です」
「ホントに?」
「本当に」
実際にはそんなにうまくいかないだろう。別々に暮らすことになったら共有する時間はなくなる。だけど、この子どもの心が家族であると信じてるのなら、確かにそれは家族だろう。
血の繋がりがあっても家族じゃない人もいる。逆に血の繋がりがなくても家族としての関係を築くことができる。それは人の心だ。知り合いや仲間や友だちとは違う関係だ。この子どもにとっては生まれた時からの家族だ。今更捨てられるはずもない。なるほど、血の繋がりだけでなく、それこそが家族だ。だから、捨てないでほしい。思い続けてほしい。
離れ離れになる両親が、自分にとっての家族であると。