なんでわざわざ怖がりに来る
扉の隙間から覗くふたつの目。
「ぎゃああ!」
思わず叫んだ。これが叫ばずにいられるかってんだ。
「だ、ダイチ君」
オチ君は相変わらず固まっている。
ていうかさー、怖いなら見に来なけりゃ良いじゃん。家に帰って来たなら、玄関の外まで見に来ることないじゃん。なんでわざわざ怖がりにくるんだよ。
叫ぶほど驚いたけど、叫べるくらいは正気だ。叫んでさっぱり、俺は小道をずかずかと通り、外壁の扉を開けた。
「ひっ」
これは俺の声じゃない。
隙間から覗いていた、あの小僧の声だ。
ていうかさー、怖いなら来なけりゃ良いじゃん。坂の上にあるのがお化け屋敷って知ってるんだろうが。なんでわざわざ怖がりにくるんだよ。
子どもが息を飲んで固まってしまったので、俺はソイツをこっち側に入れた。そして扉を閉じると、
「ぎゃあああ!」と、子どもが叫んだ。
あー、ウルサイ!
子どもの大声に家の中からドヤドヤとオーバさんとオーナーが出てきた。
「どうしたんですか」
オーナーが言うと子どもはさらに怖がった。
「ひぃ~~」
おい、失礼だぞ。オーナーはれっきとした人間だ。幽霊じゃないぞー。ま、気持ちはわかるけどね。
子どもは逃げようとしたのか扉を開けようとしたが、そこには俺がいる。扉の取っ手に手が届かないでいる。
「おい、お前、なんでここに来た?」俺が聞くと
「うわあ~ん」と子どもが泣きだした。
子どもは両手で顔を覆いながら、わんわん泣いている。子どもらしく大声で、涙をぽろぽろ。
「ダイチ君、驚かせちゃだめでしょう。もっと優しく言わなくちゃ」
俺っすか!?俺が泣かせたことになってる!?酷いよオーバさん。
「どうしたの、ボク。ここに何か用があったの?」
オーバさんが優しく言うと、男の子はひくひくとしゃくりあげながら、顔を見せた。顔を見せたが話し出さない。半べそのまま俺たちのことを代わる代わる見るだけで、話し出そうとしない。男の子が話し出すのを辛抱強く待つオーバさん。
「で!?」
って、待てるか!ついつっけんどんに口から出ちまった。するとまた
「うわあ~ん」と泣きだす子ども。
あー、うざい!
「ダイチ君!」
オーナーとオーバさんが同時に俺を怒る。って、俺っすか!?俺のせい?
「もう良いです。ダイチ君、あっちに行っててください」
なんとオーナーに追い払われる俺。
「はい・・・」
うな垂れて退場する俺。なんだよー、もう、ガキなんて大っ嫌いだ!俺はつい口を尖がらせてブーたれて家に入った。
玄関の前ではオーバさんに頭を撫でられて、またやっと子どもが顔を上げているようだった。
1人で居間に戻って座った。
「ふんだ」
なんだよな、あのガキ。全くもって面倒だ!
冷静になろうとお茶を淹れた。ここに来て“お茶を淹れる”ことを覚えたが、これがなんだか落ち着くんだな。お茶葉とお湯を入れた急須を湯呑の上で傾けると、コポコポと耳に優しい音をたててお茶が注がれる。湯気がまたほんわかする。
うん、落ち着いた。
ホッとしてお茶を飲もうとしたその時、どやどやとオーバさんたちが居間に入ってきた。なんと、さっきのあのガキを伴っている。
― ゴックン!
あちい~!
驚いて思わずがぶっと飲んじゃったじゃないか。
なぜ連れてきた。追い返せば良いじゃないか。
俺の考えてることがわかるのか、子どもは居間に入って俺の姿を見ると、また泣きそうな顔をした。
慌てて目をそらす。
くう~、なんで俺が目をそらすんだよ~。俺、なんも悪いことしてないのに~!
「ここに座ってね。今、甘い物持ってきてあげるから」
オーバさん、なんでそんなに優しいんだ。こんな変なガキなんて、単なるお化け屋敷同好会だろうが。
オーバさんは台所に行くと、コップに果物の絞ったヤツを持ってきた。子どもの前に置くと、子どもはキョトンとしている。
「美味しいわよ。ジュース、飲んでごらん」
オーバさんの優しい顔に促されて、子どもはジュースの匂いを嗅ぎ、それからゆっくりとストローに口を付けた。
「・・・美味しい」
「そうでしょ~」
オーバさんがすごく嬉しそうだ。もうね、孫でも見るかのようだよ。って、オーバさんはそんなバアさんじゃないぞ。
子どもは随分と気持ちが落ち着いたようだった。
こうなったら俺は、静かにしているしかない。ここで子どもをガン見していて存在感を出すとまた泣かれてしまうからな。
それなのに、俺が何にもしてないのに、子どもはまたしくしく泣き出した。
「ああ、どうしたの、ね、ボク、どうしたの」
子どもは、さっきみたいなギャーギャーした泣き方じゃなくて、自分から哀しくなっちゃったような絞り出すような泣き方をした。オーバさんとオーナーが代わる代わる撫でてあげて慰めようとしている。
「どうしたの、ね、おばちゃんに話してごらん、ん?」
子どもは泣きべその顔をして下を向いていた。
何度か口を開こうとして、息を吸ってはまた涙が出てきてしくしく泣いた。
「ほら、ジュース、美味しいわよ」
勧められるとしゃくりあげながらもジュースを飲む。生意気な子どもかと思ったけど、実は素直な子なのかもなー、なんて、ちょっと思った。
ここに来た事を俺たちが咎めているから泣いてるわけじゃない。きっとこの子どもに、何か事情があるんだ。
まだ坂の下で、オチ君が「きっと何かある」と言ってたのは、こういうことだったんだ。
ここに来る珍客はみんな、何かあるんだ。きっと。
じゃあ、この子の「何か」は何だろう。俺はやっと、子どものことを優しい目で見られるような気がした。