珍客は面倒くさい
女の子が帰ると、俺たちはフウとため息をついた。一番疲れを見せているのはオチ君だ。机に肘をついて惚けている。
「時々ね、変なお客さんが来るのよ」
オーバさんは笑って言った。
「肝試し感覚で来る人もいるし、今の子みたいに行き場を探している人もいるけど、ここに住みそうで、結局みんなちゃんと町に戻って行くのよ」
「そうなんですか」
「私もね、町ではダメだったんだけどね。ここに来る人はちょっと珍しい人ばっかりよね」
オーバさんは少し寂しそうに笑った。
「じゃ、俺も少し珍しい人ってことっすね」
「あら、ダイチ君は少しじゃなくてかなり珍しい人よ」
あはは、と笑った時だった。
「ただいまー」
誰かが帰ってきた声がした。
「ん、誰の声?」
この家の人の誰の声にも当てはまらないような、しわがれた声がした。
しかも、その声の人が玄関をあがって来る音がしない。
「誰だろ」
気になって、俺が廊下に出て玄関を見ると、玄関の扉を開けた状態でタタキに老人が立っていた。
「えっと、」
誰だ?住人か?
「ただいま。お前さんは誰かね?」
老人はかなりよぼよぼとしている。よくあの坂を上って来たな。ホントにここに住んでる人なんだろうか。
俺がまごまごしていると、オーバさんが出てきた。
「あら、どなた?」
オーバさんがそう言うということは、ここの住人じゃないはずだ。
「入居希望の方ですか?」
俺が言うと、老人は少し首をひねって、
「いやあ、違う。ここはワシの家じゃろ。お前さんは、誰かね?」
うん?どういうことだろうか。
オーバさんは「変なお客さん」が時々来ると言っていたが、まさに俺は変なお客さんを目の前にしていた。
その時、ちょうど外壁の扉が開いた。そして小道をスタスタと通ってサトさんが帰ってきて、玄関に立った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「お前さんは誰かね?」
老人を中心に俺たちは顔を見合わせた。
「あ、サトさん。この人、ただいまって帰ってきたんだけど、この家の人?」
大変失礼だとは思ったが、声に出してサトさんに確認させてもらった。
「いや・・・ああ、おじいさん、シロカネのご隠居さんじゃないですか」
サトさんは老人を見るとすぐにそれが誰だかわかったようだった。なんだ、知り合い?
俺とオーバさんが玄関で見守る中、サトさんは老人に言った。
「ご隠居、ご子息が探していましたよ。家に帰りましょう」
「何を言うか。ワシの家はここじゃ」
老人はどうしてもこの家に帰りたいらしい。しかし、どうやら家を間違っているようだ。こういのって何て言うんだっけ。痴呆?徘徊?この人の専用機械はどうしちゃったんだろうか。普通こういうことってなかなかないけどな。
「そうですね。でも、シロカネの家でご子息がお待ちですよ。多分仕事の件だと思います。行ってあげないと」
「そうか。まったくアイツは仕方がないな」
老人は納得したらしい。
サトさんは老人を連れて出て行った。多分家まで送り届けるのだろう。サトさんがあの人のことを知っててくれて助かった。
珍客はなかなか面倒くさいということがわかった日となった。
夕飯の頃になってサトさんは帰ってきた。あの後あの老人を家まで送り届けたのだろう。結構時間がかかった。
俺たちは夕飯の席で、オーナーに今日あったことをざっと説明した。
「ということで、その女の子は家に帰りました」
「そんで、その後おじいさんがやってきて、どうもちょっとボケていたらしくて、ただいまーって来たんですよ」
オーバさんの言葉を俺が継いだ。次はサトさんの番だ。
「仕事の関係で、見たことがある人だったんです。それで家も知っていたので、僕が送ってきました」
さすが警察官。人脈が広い。
しかしどうやら、サトさんは人脈が広いだけじゃないらしい。
「サトさんは、人の顔を覚えるのが特技なんですよね」
とオーナーが教えてくれた。
それによると、一度見た人の顔は忘れないどころか、会ったことのない人でさえ、特徴や性格を聞けば、その人に会えばそれがわかるというのだ。
「マジで?それはすごいけど、ホントに?」
「ホントですよ。じゃあ、そうですね」オーナーはどうしてもサトさんの特技を俺に教えたいらしい。「ダイチ君の奥さんの特徴を教えてください」
俺の奥さん当てクイズをやるらしい。
「えっとね、わりと小柄で素直な性格。素直っていうか、真面目っていうのかな。俺が専用機械を捨てたって言ったら、いかに専用機械が必要かをかなり理論立てて説明し出した。普段はあんまり怖くないけど、あーいう時、女って怖いなって思うよ」
「そういうことじゃなくて、顔の特徴とかを教えてあげてよ」
俺の説明は違ってたらしい。オーバさんが顔の特徴を言うように言ったけど、サトさんはあまり気にしてないようだった。
それから、俺の持ってる彼女(嫁)の顔が写っている集合写真をサトさんに見せた。
サトさんはその集合写真を見ると
「ダイチ君の奥さんですよね。彼女の方が年上でしょう」
と言って、ズバリ彼女の顔を当てた。
「この方ですか」
「う、ん。そう」
「ほらね!」なぜかオーナーが得意げに声をあげた。
すげえ。顔の特徴や髪型とかを教えてないのに、それでもさっきの簡単な説明だけで“俺の奥さん”っぽい人はこの人だってわかったらしい。すごい。すごすぎる。
「どんな機械よりも正確で速いんですよ」
「すごいっすね。AIもびっくりでしょ」
「いや」
それだけ褒められても、サトさんは真面目すぎる顔をしていた。こんなにすごい人なのに、照れたり笑ったりしないのだろうか。もうちょっと愛想が良ければ人気者になりそうなのに、性格はその逆っぽいからな。
ああ、だからサトさんはこの家にいるんだな。と、妙に納得した。