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土と花


 木の陰からこっちを見ているのは、どうやら女の子だ。学校の制服を着ているから、まだガキだ。それがなんでこんなところにいるんだ。

「ああ、びっくりしたわ。人がいるなんて」オーバさんは髪の毛を撫でつけると女の子の方に向かって声をかけた。「どうしたの、何か用?」

 うーん、オーバさん落ち着いてるなあ。

 オーバさんが声をかけると女の子は、一歩前に踏み出した。だけど、どこを歩いて良いかわからないように足元を見てうろうろしている。

 オーバさんはその子の方へ歩いて行った。俺もついていく。

「だあれ?」

 オーバさんが尋ねると、女の子はビクっとして一瞬木の陰に隠れようとしたが、なんとか踏みとどまったみたいだ。隠れても何にもならないってわかってるんだろう。きっと彼女なりに話がしたいんじゃないかな。

 少し距離をとってオーバさんは立ち止まった。あんまり近づくと女の子が怖がるからな。オーバさんすげえ気遣い上手すぎだろ。

「ああああのっ」

 女の子が声を出した。ハアハア息をしている。

 大丈夫、取って食いやしないから落ち着け。という菩薩のような顔をしてみるが、俺の顔が彼女にどう映っているかは甚だ疑問だ。

「こ、ここ、ここ、ここに!はぁ、はっはなって、ありますか!」

 うん。落ち着け。

「お花?」オーバさんが優しく答える。

 流石だ。あんなにどもっていても、ちゃんと聞き分ける優しすぎるだろ、オーバさん。

「ここには、あんまりないわよ。あるのは野菜の花と、そこの木には柿の花だけ。見てみる?」

 女の子は一瞬絶望したように目を開いて顔を歪ませた。花らしい花はないと言われたからだろう。だけど、気を取り直して頷いた。

「じゃあ、いらっしゃい。ほら、これが柿の花。小さくて可愛いでしょう?」

 オーバさんが案内した木を見上げると、白い粒みたいな花が咲いていた。確かに可愛い。木の下にも花が散っていた。きっと咲いたらすぐに落ちるんだろう。落ちた花は茶色くなっているものもあった。こんなに可愛いのに、落ちたら枯れちゃうんだな。こういうの初めて見るから、俺も感動だが、女の子はさらに感動しているようだった。

「うわあ~、はあ~、わあ~」

 って言いながら、涙ぐんでいる。

 オーバさんはその女の子を微笑んで眺めていた。自分の子どもにだってこんな優しい目をして見つめることなんてないだろうくらいの優しい顔だ。

「ねえ、ここは畑だから野菜しかないけど、こっちにいらっしゃい」

「はっ、はい!」

 女の子は鼻をかみながら、元気に返事をした。

 俺もついていく。ぐるっと畑を周り、家の脇の細い通路を通って、玄関前の小道へと案内する。

「ほら、これ」

 玄関前の小道には大きな植木鉢が並んでいて、そこには花が咲いている。最初に来た日、すごく感動したんだ。土と花。

 それを見せると女の子は崩れ落ちるように泣きだした。

「わあん、わあーんっ」

 オーバさんは植木鉢を抱え込むようにして泣いている女の子の背中を優しく撫でていた。


 女の子はしばらく植木鉢にしがみついて、声を上げて泣いていた。今どきこんなに感情的な子って珍しいかも。

 少しすると泣きじゃくりながら立ち上がり、顔を拭いていた。

「気が済んだ?」

 オーバさんが言うと女の子はウンと頷いた。

「また見に来て良いから、今度はこっちの門から入ってらっしゃい」

 オーバさんは外の壁の扉を開けてあげた。ま、この扉分かりにくいからな。俺も最初、開け方分からなかったし。

 すると女の子は首をブンブンと振った。

「あのっ、わたし、帰れないんです。お願いです、ここに住ませてくれませんか」

「はあ?」

 帰れないってどういうことなんだ。俺とオーバさんは言葉を失い、しばらく立ち尽くした。


 何か理由がありそうだと、オーバさんは女の子を家に連れて行った。流石にまだ学生の子どもを住ませるわけにはいかないだろうけど、話しくらいは聞いてあげようというのだろう。

 居間に行くと、女の子を座らせて、冷たい飲み物を出してあげると女の子は少し落ち着いたようだ。

 オーバさんはその席にオチ君を呼んでいた。

 そしてここで口を開いているのは、なんと幽霊2号こと、人と話すのが苦手なオチ君だ。なぜ、こんな不適役なことをさせるのだろう。

「ここに住むなら、仕事をしていなければいけません」

 マニュアル通り感まるわかりの棒読みで、オチ君は言った。

 女の子の方を向こうともしない。

 女の子とオチ君は机を挟んで、下を向きながら向かい合っている。

「あの、でも、お願いです。ここに住ませて欲しいんです」

「仕事はしてますか」

 オチ君よ。それ以前に言うことがあるだろう。前をちゃんと見てくれ。その子は学生だ。未成年だ。一人でここに住むことはできないぞ。

 そう思っていても、オチ君は前を向こうとはしなかった。

「し、してませんけど、必ず仕事をしますから」

「・・・」

 オチ君は困ったようだ。それとも頭の中でマニュアルの言葉を思い出しているのか。どうやら後者らしい。言葉を思い出すとまた口を開いた。

「家賃は月4万、現金払いです」

「現金・・・?」

 女の子が凍りついた。そうだろうとも。このご時世、現金払いなんてする人いないんだから。みんな手首につけた携帯端末が自動的に清算だろうが、時間管理だろうが、健康管理だろうが何もかもをやってくれてるんだ。現金なんて見たことないんだから。

 現金払いの意味がわからず、仕事も未定。

 これではここに住めない。

「うっ」

 女の子はまたさめざめと泣きだした。

 うーん、困ったな、こりゃ。


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