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おーどん


 腹が減って階下(した)に降りると、台所に人の気配があった。トコロさんは仕事に行ってるらしいから、オーバさんかな?

 覗いてみると、オーバさんが調理をしているところだった。

「あら、ダイチ君、起きて平気なの?ご飯食べる?」

「はい、もう元気になりました。って、ご飯?」

 お昼か。

「私と同じにする?それともトコロさんが作ってくれたお粥が良い?」

 オーバさんは何を食べるんだろう。手元にはデカい鍋にお湯がぐつぐつ沸き立っているのが見えるが。中身は白い・・・お粥っぽいけど、違うかな?

「同じものって何ですか?」

「今日はおうどんよ」

「おーどん?」

「これこれ」

 オーバさんはナベに箸を突っ込んで中身を引っ掛けて持ち上げた。白い縄みたいなのがたくさん引っかかっている。ああ、麺か。

「俺のも作ってくれるんっすか?」

「勿論、じゃ、そっちで待ってて、すぐできるから」

「ういーっす」

「あ、ソレ、持ってって」

 ソレというのは、緑色の葉っぱみたいなのが乗ってる小さな皿だ。

「了解~」

 スンスンと匂いを嗅ぎながら小皿を持った。(こないだ覚えた)ネギの匂いと、爽やかな葉っぱの匂いがする。良い匂いだ。

 どうやらおーどんというのを作ってくれるらしい。麺は初めてだなあ。


 居間のダイニングテーブルに座ると、オチ君が定位置で暗い顔をして座っていた。相変わらずの幽霊2号っぷり。昨日の釣りの時の顔していれば良いのになあ。

「オチ君、おはよ」

 オチ君はほんの少し首を下げた。俺と目を合わせないように点いてないテレビを凝視している。なぜだ・・・俺たち、友だちになれたんじゃないのか。

「昨日はどうもありがとう。また良かったら海に連れてってくれよ」

 こっちを見ないオチ君にめげず話しかけると、オチ君は一瞬驚いたように俺を見た。お、こっち向いたな。

「や、あの、もう・・・」

 もう、ってナニ?もう連れて行かないっていうこと?

「え、ダメ?俺また海見たいと思ってんのに」

「でも・・・」

 何だなんだ、昨日のあのお喋りなオチ君はどこに行った。海に置いて来ちゃったのか?

「無理にとは言わないけど、余裕のある時で良いからさ、また連れてってよ、お願い」

 こうなったら拝み倒す!だって、ホント、あんな体験なかなかできないぜ?

 大地を欲してる俺としては“海”のことだって勿論好きだ。何度でも見たい!そう思ってるのに、オチ君の表情は俺を連れていくことは迷惑そうだった。


「はい、できたわよ~」

 俺がガックリしていると、オーバさんがおーどんをお盆に載せてやってきた。


 おーどんというのは、なかなか美味しいものだった。

 白い麺を、麺つゆというのに浸けて食べる。ゾゾっと音をさせて啜るとつゆの香りが鼻に抜けてさらに美味しく感じるのだとか。

 薬味にネギやシソを入れるとさらに風味が変わり、色んな味が楽しめる。

「野菜は私が作ってるのよ。シソもネギも」

 俺は朝、サトさんが“畑”があると言ってたのを思い出した。

「すごいですね!後で畑見に行っても良いっすか!」

「ええ、体調が悪くなければ見にいらっしゃいな。ああ、ほらほら、ちゃんと啜って」

 どうも、おーどんというのは麺を吸うのが難しい。思ったよりずっと長いんだよな。口の中がいっぱいになっても、麺が終わらない。たぶん取りすぎなんだろうけど、加減がなあ・・・

「なあ、オチ君、海にもまた連れてってくれよー」

 この際、オーバさんがいるところでもう一度お願いしてみよう。

「いえ、もう・・・」

 なんでだよー。

「あれ、ネギとか葉っぱとかって、生なんですか?」

 気になると口に出してしまう俺の悪い癖だが、オチ君にお願いしながら、おーどんの薬味についてオーバさんに質問した。

「そうよ、なんで?」

「いや、食べ物って生でも食べられるんだなあって」

「魚も生で食べられますよ」

 いきなりオチ君が口を挟んだ。今の今まで口が妙に重かったのに、魚のことになるとこれだもんな。

「そうなの?魚も?マジで?」

「魚だけじゃなくて、貝だって食べられますよ」

「じゃあ、また連れてってくれる?」

「え・・・いえ・・・」

 なんでそこで、静かになる!?

 そこで俺は気付いた。俺が足手まといなんだ。

 オチ君ひとりだったらもっと手際よく出られて、釣りもできるだろうし気楽だろう。それに俺は帰ってから具合悪くなって寝込んだしな。こんなやつ連れていくの嫌か。そりゃそうだよな。でもなあ・・・

「悪かった、俺のことばかり言って。でも、俺、すごく楽しかったんだ。もう一度、いつでも良いんだ、また連れて行ってほしい」

 素直に謝って、おーどんを口に入れた。

 思ったよりも長いおーどん。

―― ズルズル、ズルズル、ズルズル、ズルズル・・・

 もう口に入らないのに、まだ麺が口から出てる!

「むーむぅー」

 苦しい~!!

「ちょっ、ダイチ君、入れすぎ入れすぎ!噛んで噛んで!」

 オーバさんが俺の背中を(さす)ってくれた。

 口をいっぱいにして、まだ口から白い麺を垂らしているこの姿を見て、オチ君がいきなり

「ぶーっ」

 と吹き出した。そして大笑いをし出した。

「あーっはっはっは!」

 何!?なに、もしかして笑われてるの、俺か?

「こんなに思いつめてるんだから、連れてってあげなさいよ、オチ君」

 オーバさんがオチ君に言うと、オチ君は笑いながら頷いた。

「あっはっは、はっ、はいっ、あははははは」

 なんかよくわかんないけど、連れてってくれるらしい。なんで?俺のこと笑ったらすっきりしたのか?

「オチ君はあなたが具合悪くなったから、自分のせいだと思ってたのよ。だけど、こんなにお願いされたら、オチ君は優しいからまたきっと連れてってくれるわ」

 オーバさんも笑いながら言った。

 こんなにお願いって、別におーどんを口から出してむーむー言うのはお願いしてる姿じゃないけどな。

 なんとかゴックンと飲み込んで、息を整えると俺は曖昧に笑って見せた。

 まあいいや。とりあえず、オチ君がその気になってくれたみたいだし。うん、良かった。




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