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果物の漬物



 俺の電話の様子を、みんなが見ていた。朝食にするのを待っててくれたようだ。

「じゃあ、食べましょう」

 みんなで朝食の時間となった。

 俺のご飯は、白いドロ飯みたいなやつだった。だけど、今まで食べていたドロ飯みたいな強い味じゃなくて、ふんわりと美味しそうな香りがただよっているけど、薄味のものだった。

「美味しい」

 昨日の暑さのせいか、あんまり食欲なかったけど、これなら無理しないで食べられる。ただ、真ん中にひとつ浮いていた赤い実みたいなのは、ものすっごい酸っぱかったが。

「すっっ・・・・ぱい!」

 ちょびっとしか齧ってないのに、すごい塩辛くて酸っぱかった。

「それは私が漬けたのよ。果物の一種よ」

 オバサンが嬉しそうに教えてくれた。漬けたってことは、果物の漬物なのか。へえ~。

「お腹に良いし、お粥によく合うでしょ」

 まあ、味の薄いこの白いご飯には良く合うけど、ちょっと強烈だった。


 会社を休むことにしたので、朝食を食った後部屋に戻ってまた寝台に横になった。

「ふ~い」

 ちょっと伸びをして、ゴロゴロする。うん、なんか元気になった気がする。昨日の夜あれだけあちこち具合が悪かったのに、こうして眠って、体が休まるようなものを食べるだけでも治るんだな。

―― トントン

 そう思っていると、警察官の恰好をしたサトさんが扉から顔を出した。

「俺は仕事に行ってくるけど、家にはオーバさんとオチ君がいるから、何かあったら声をかけるんだぞ」

「あ、はい。え、オチ君とオバサンは仕事じゃないの?てか、オーナーは?」

「ナオさんは外出だ。そのぶん家のことをオチ君がやってくれる。オチ君の仕事は基本、この家の掃除とメンテナンスだ。オーバさんは畑」

「畑?」

「家の裏に畑があるんだ。元気になったら見に行ってみると良い」

「うん」

 サトさんはそれだけ言うと、扉を閉めた。

 そんでまた開けた。

「あ、それから」何か言い忘れたらしい。

 枕に置いた頭をまた持ち上げて扉を見ると、サトさんが渋い顔をして

「オバサンじゃなくて、オーバさんだ」

 と言って、そして行ってしまった。

 なぬ?

 オバサンじゃなくて、オーバさん?

「おおー」

 ヤベえ、オバサンって呼び名だと思ったら、オーバさんって名前だったのか。いやあ、何度かオバサンって呼んじゃったけど、失礼だったよな。ヤベえ。

 しかしもう口から出ちまったもんは仕方がない。今度からオーバさんと呼ぶしかないな。

―― 大変失礼しました。

 心の中でだけ謝っといた。


 気が付くと、午前中いっぱい普通に寝ていた。安眠装置がなくてもこんな午前中から眠れるのは、やっぱり身体がしんどいからだろう。しかしよく寝たこともあり、かなり元気になった。

 部屋を出ると、共用の廊下をロボさんが掃除していた。

 そう言えば、オチ君はこの家の掃除とメンテナンスをするのが仕事だと言ってたけど、単なる住人じゃないんだな。オーナーがメンテナンスをするんじゃなくて、オチ君にアパートのことを任せているってことなんだろうな。きっとオチ君のためにオーナーがそうしたんだろう。仕事がなければ住ませられないと言ったらしいし、資格を取るために知恵やお金を出してくれて、仕事までこうして世話してくれたんだろう。

 養護施設あがりで、人と話すのが苦手(だと思う。ていうかそうとしか思えない)なオチ君が、すんなりと仕事が決まるとも思えない。まごまごしているうちに無職となれば、施設に入れられるだろう。勿論自分から望んで施設に行く人だっている。あれはあれで仕事をしなくても機械になんでもやってもらってふんぞり返って生活できるからな。だけど、人間らしい生活を望むならば、やっぱり機械に世話をしてもらうだけで、仕事も勉強もせずに生きるのは嫌だと思う。

 オチ君だってきっとそうだ。仕事がしたくないわけじゃない。魚のことを語る彼がどれだけ生き生きしているか、釣りをしている彼がどれだけ嬉しそうか、それが生きることだからだ。

 少しばかり人と接するのが苦手でも、俺にあんなに話してくれた彼は、決して人間嫌いじゃない。ただ、人付き合いをよく知らないだけなんだ。養護施設で育った彼は、ちゃんと人間(だれか)と語り合うという経験が乏しかったに違いない。

『僕の恩人です』

 そう言っていたオチ君の顔が忘れられない。



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