電話機ってどんな形状
朝になると、サトさんがまた部屋に来てくれた。
「トコロさんが、お腹に良い物を作ってくれたから、食べられそうだったら食べたら良い」
そう言って、お盆を机に置いた。ふわん、と良い匂いがする。
「それから」サトさんは、椅子に座りながら言葉を続けた。「今日は会社を休んだ方がいい。連絡先は分かるか?」
「連絡さき・・・あー、うん、まあ」
わかることは分かるが、この家ってネットワーク繋がってないんじゃないの?どうやって連絡したら良いんだ?健康な時は考えたことがなかったけれど、具合が悪くなると色々不都合があるもんだ。機械との生活は便利だけど、ただ便利なだけじゃない。とにかく守られてたってことだよな。病気の時のどんな連絡だって機械がやってくれるんだからな。
だけど今は自分で考えなきゃならない。
「コールの番号はここに書いてあるけど」
俺が携帯を外すにあたって作った、小さな手帳が机の上にある。そこに必要な番号やなんかは色々書いておいた。
「よし、じゃあ俺が電話をかけてやる」
サトさんが手帳を持って立ち上がった。
「電話?コールのこと?この家でできんの?」
「それくらいはできる。居間に電話機があるだろ?」
そんなのあったかな。ていうか、電話機ってどんな形状だ?ちょっと頭は痛かったが、起きられなくはないので、電話は俺が自分でかけにいくことにした。
だって興味あるだろー!具合悪さと天秤にかけてもこれは見ておく価値があるはずだ。
せっかくなので、トコロさんが作ってくれたご飯のお盆も持って、居間でみんなで一緒にたべることにした。
寝巻のままだが、まあ良いだろう。
俺が居間に行くとみんなが「おはよう」と声をかけてくれた。
朝食のお盆を机に置くと、サトさんが電話を教えてくれた。
「これだよ」
黒い電話機。コロっとした丸いフォルム。取り外せるのかと思ったらクルクルのコードで繋がっている受話器。それにちょっとお目にかからないような、ヘンな並び方をした数字のボタン。あー、コレね。子どものころ教科書とかで見たことあるよ。昔の電話機。
「受話器を取ってツーって音が聞こえたら、番号を回せばコールがつながりますよ」
オーナーが机の向こうから教えてくれた。
言われた通り受話器を取って、丸いところを耳に当てる。無駄にでかいな。ツーと聞こえたので、マルの中の数字を押してみるが、手ごたえというか、反応がない。これで大丈夫なのか?
「違う違う、指突っ込んでここに当たるまで回すの」
サトさんが指さして笑っている。おおー、この人笑うの初めて見たかも。
―― ゴリ、ゴリ・ゴリ・ゴリ・ゴリ・・・ゴロゴロゴロゴロ・・・
回った。これで良いのか?
―― ゴリ、ゴロゴロゴロゴロ・・・ジー・・・
ひとつの数字を押すのに、えらい時間がかかるが、これでちゃんとコールできるんだろうか。心配だ。
―― ゴリ、ゴロゴロゴロゴロ・・・ジー・・・
この何とも言えない緩慢な動作。イライラするというよりは平静へと導かれているような。思わず悟りを開きそうだ。
とりあえず、全ての数字を回し終えると、受話器が一瞬静かになって、それから小さくカチと聞こえた。そして、どうやらコール音らしい音がテテテテテ、と聞こえてくる。
―― ブッ
「・・・はい?」
「あ!ダイチです!モイワさんっすか?」
「ダイチって、ダイチか?え、何だこのコール番号?お前、どこからかけてんの?」
おおー、つながった!すげえな、電話機。
「アパートの古い電話機からかけてるんですよ。すみません、今日体調悪いので、休みます」
「へ?わかったけど。なんだ電話機って」
「電話機は電話機ですよ。ま、詳しいことはまた今度話します。じゃ、元気になったら出社しますから」
「お?おう、お大事に」
相手のつかみどころのない声をニヤリとして聞きながら、受話器を置いた。
―― チン!
うわ~、良い音だなあ。電話機、面白かった。またやりたい!