この辺りで人に会うのは珍しい
海へ出る扉は、ドームの端っこ、ヒトの寄りつかないようなところにある。だから帰り道も、誰にも会わない道を通って行った。俺たちの住む晴れ晴れ荘への坂道のあたりも人はいないからな。
みんなが住んでいる住宅地や仕事をしている勤務地は、もっと町の中心の方で、あの灰色い建物がたくさん建っているところだ。
住宅地の周囲にあるのは、施設が多い。施設と言っても色々あるが、まあ、普通の社会生活からちょっと外れたような人の住むところだから、だいたいの人は施設から出てこない。自分から引きこもってる人もいるし、外出が許可されてない人もいる。勿論自由に外出する人もいることはいるけどな。とにかくそんなところだから、ひと気はない。
俺とオチ君は大きな建物がある、広い道を二人だけで歩いていた。
そこに向こうから人が歩いてくるのが見えた。この辺りで人に会うのはかなり珍しい。
「あ」
と俺が声を出すと、オチ君もそれに気づいた。そしていきなり進路を変えて、角を曲がった。
そんなに人に会うのが嫌いなのか・・・露骨に相手に気づかれでも、面と向かいたくないんだろう。
俺が声をかけた時も、きっとそんな気分だったんだろうな。
俺たちが角を曲がって歩いていると、声が聞こえてきた。
「オチ!オチ!」
後ろを見ると、さっき向こうにいた人が追いかけてきていた。しかもオチ君のことを呼んでいる。
オチ君はその人から逃げるように速足になりながら、ずんずん歩いていく。
良いのか?呼ばれてるのに無視して逃げて。
逃げるように歩くオチ君に遅れないように、小走りになりながらついていったが、後ろから追いかけてくる人が速い。尋常じゃない。
「なあ、呼ばれてない?」
俺が小声でオチ君に話しかけても、オチ君は応えなかった。ただ前だけを見て家に向かっている。しかし、追いつかれるのは時間の問題だった。なんてったって、相手の方が速いんだから、追いつかれないはずがない。
「オチ、オチ!」
ついに、その人はオチ君に追いつき、彼の腕を掴んだ。
「こんにちは」
その人はオチ君に挨拶をしている。って、こんだけ走って息が上がったりしないのか。
オチ君はその手を振り払ったりしないで、すぐに立ち止まった。ふてくされたような顔をしているが、一応挨拶を返していた。
「こんにちは」
そう言ってオチ君がまた歩き出そうとするのをその人は引き留めようとした。
俺はその人を見て驚いた。
―― 機械じゃないか。
ロボットと言っても、色んなのがある。晴れ晴れ荘にいるロボさんは旧式のロボットで、手足はあるがあとは箱のような形をしている。今まで俺専用で使っていた、普通の個人用機械はそれよりはもう少しスマートで、ボディに手足と頭部があって画面がフルカラーではあるが、機械だと分かる容姿をしている。
ところが、目の前に現れた機械は、かなり珍しい人型だった。人型のロボットもないわけではないが、このロボットのように、人間と見間違えるくらい精巧な作りのロボットというのは珍しいんだ。
こういうのは、公的に使われるものが多くて、個人使用はほぼない。機能も多く、ものすごく仕事ができるスーパーマンのような存在だ。よっぽどのことがなければ、個人的に知り合いになることすらない。
それが、この人型機械はオチ君のことを呼んでいた。
オチ君を呼び止めた人は彼の前に立ちはだかっていた。
「オチ、元気ですか」
「・・・はい」
それだけならただの挨拶だ。だけど、彼女はまだ言葉を続けた。
「今どこに住んでいるのですか。ちゃんと仕事をしていますか」
オチ君は眉間にしわを寄せ、人型機械を睨みながら、小さく頷いた。
俺も多分、眉間にしわが寄ってるはずだ。だって、機械が人間に対してこんな質問するはずがないんだ。機械は俺たちの手伝いをするために作られてるものだ。こんな質問するなんてどうかしてる。
「返事をしてください。どうですか」
「仕事、してる」
「まっとうな仕事をしていますか。住所はどこですか」
彼女の言い方はそれなりに丁寧ではあるが、機械とは思えないほど威圧的だ。オチ君がうまく答えられないのももっともだ。
「ちょっと、なんだ、その言い方。あんた、役所の機械ならちょっと調べればオチ君の住所くらいわかるだろ。それとも、ナニか?オチ君のことを犯罪者かなにかみたいに決めつけてかかってんの?少なくとも、そういう言い方するもんじゃないだろ」
ついカッとなって、ケンカ腰になっちまったが、俺の言ったことは正しいはずだ。機械が人間にこんな言い方することなんてあってはならない。
彼女はこちらを向いて、にっこりと笑った。無駄なプログラムだな。なんだこの怖い笑顔。
「大変失礼しました。私は第2養護施設ホストコンピュータ付きヒューマノイドロボット、マミィです。オチのことが心配だったので、このように質問をしましたが、問題がありますか」
―― 養護施設?
「問題あるだろ。今の言い方はオチ君の人格を著しく軽視している。仕事内容など問題ではないし、彼が資格を取るために勉強したり、それを活かして生活していることなんて、この大荷物を見ればわかることだろう」
ジーコロカタカタと音がする。彼女が何かを理解しようとしている音だ。
「大変失礼しました。オチは、もう大人になっているという情報がブロックされていました。念のため聞きますが、住所は以前のところと変わっていませんか」
話し方は変わってないし、質問内容も似たようなものだけど、彼女は俺とのやり取りで学習をしたらしい。住所については聞きかたを改めたようだ。
オチ君が小さく頷いた。
「変わっていないということは、つまり、横縦町菱形1丁目」
「ちょっと待った。外で人の住所を言うな!プライバシーだろ」
俺が止めると、また彼女はジーコロカタカタと振動した。
「こういう時は、せめて“晴れ晴れ荘ですね”とかそういう確認の仕方しろよ」
高性能だか何だか知らないけど、役所の機械のくせにAIがちゃんと育っていない。よっぽど偏った人間と暮らしているんだろう。
「失礼しました。後程確認いたします」
「じゃあな」
彼女がジーコロ言ってる間に、俺たちはそこを去った。
それにしても、養護施設とは知らなかった。オチ君の過去は思ったよりも寂しかったんだろうな。