返事はそれだけか
晴れ晴れ荘に住んで、数日が経った。
ずっと腕に着けていた携帯端末はあまり使用しなくなった。俺専用の機械を壊しちまったから、端末だけあっても仕方がないんだ。コールもメールもできないし、調べものもできない。
使えるのは時間を知るためと、電車の定期だけ。
ということで、定期さえなんとかなれば、端末いらないじゃん!ってことで、駅に行ってなんとかならないか相談してみたらカードをくれた。昔、こういうのを使ってたんだってさ。駅の方でも、時々そういう人がいるから一応準備はしてあったらしい。渡すのは俺が初めてだって駅員さん(機械)が言ってたけどね。
ということで、晴れて携帯端末は必要なくなった。今までありがとよ。
意気揚々と家に戻る道を歩いていると、坂道のふもとに人がいるのが見えた。
この辺、あんまり人はいないんだけどな、と思いながら顔を見ると、なんと幽霊2号だった。
大きな箱みたいな荷物を持っている。肩紐で担いでるけど、すごく重そうだ。手伝ってあげた方が良いよな。帰り場所同じだしな。
「こんにちは」
って挨拶もヘンだけど、名前知らないし、一応手を振って声をかけた。
それなのに、幽霊2号はバッと目をそらした。俺のこと気づいてませんアピールっぽく、わざとらしく荷物の肩紐の調節とかしてるし。なんでだ。
「あのっ!」
目の前まで行って顔を覗き込んで声をかけた。
「あ・・・ああ、どうも」
幽霊2号よ、今気づいたみたいな言い方したって、わかってるぞ。さっきから俺のこと認識してただろうが!でもまあ、そんなことはどうでもいい。
「晴れ晴れ荘に帰るんですよね。こっち側、持ちましょうか?」
「・・・いや・・・」
これだけ元気よく声をかけてるのに、返事はそれだけかーい!しかも、顔を隠すように歩き続けてる。一緒に帰ろうよ~。
「重そうだけど、大丈夫?」
「・・・はい・・・」
返事はそれだけかーい!
お互いのこと全然知らないんだから、聞きたいことたくさんだけど、これ以上受け答えを期待してもダメかな。きっと恥ずかしがり屋なんだろう。
「あ、俺、晴れ晴れ荘の新人のダイチって言って、テレビの仕事してるんだ。普段はこんな時間にはあんまり帰れないんだけど、今日は早く帰れてさあ」
自分のことを言うなら問題ないだろ。聞いてるかどうかは、反応薄くてわからないけど。
連れだって歩いてるつもりだけど、幽霊2号はこっち見ないし、ひとりで歩いてるつもりだったら、俺アホすぎだな。
そうこうしているうちに、坂を上り切り壁伝いに歩く。そして門にたどり着いた。
「あ、開けるよ。どうぞ」
「・・・」
外の扉を開けて、玄関の扉も開けたけど、俺の方なんて見やしない。俺のほうが幽霊になった気分だぜ。
「ただいまー」
「・・・ただいま」
ただいまは言うんかーい!
家に帰り、大荷物の幽霊2号にくっついて台所に行った。
「ただいま」
俺が言うと、台所ではトコロさんが夕飯の下ごしらえをしているところだった。
「おかえり。オチ君、ダイチ君と一緒だったのか」
トコロさんが話しかけても幽霊2号は何も言わなかった。首をちょっと動かしただけだ。一応頷いたとわかる程度だけど、愛想がないにもほどがある。とりあえず名前はわかった。オチ君だな。よし。
オチ君は肩に担いでいた大きな箱を調理台の上に置き、その蓋を開けた。見かけよりずっと厚みのある箱で、旧式の保冷ボックスらしい。氷と黒い塊がいくつか入っていた。
その中身をトコロさんが手を突っ込んで取り出していた。
「うわ、それ、何ですか!?」
思わず大声で聞いてしまうほどのインパクト。黒い塊と思っていた物はどちらかというと銀色で、手足のない何かヌメッとしたものに見える。
「何って、アジだが」
「アジ?」
トコロさんが大きな皿に載せて、そのアジというのを見せてくれた。うーん、なんだこりゃ。宇宙生物か?
「アジを知らんのか。ひょっとして魚を知らないのか?」
「魚。これが魚なんですかー」
俺って結構知識広いと自負していたけど、違ったらしい。
魚なんて知らないよ。いや、名前は知ってるけど、絵でしかみたことがない。言われてみりゃ、確かに絵で見る魚の形をしているけど、こんなすごい色だと思わなかったんだ。
「おっと、こりゃ大物だ」
トコロさんは最後にもう一匹、大きな魚を取り出した。
「うわっ、でけえ!」
「新鮮なうちに食べるか。今日はご馳走だ」
トコロさんが嬉しそうに大きな包丁を出してきた。
うわー、すげえ。これで解体するってことだろ?すげえな、おい。
「それも魚なんですか」
俺が聞くと、オチ君がキラリと目を光らせた。そんで、今まで喋ろうとしなかった口を開いた。
「勿論です。それでも、これはまだ成魚になっていません。成魚はブリと言われる魚で、体長が80センチ以上にもなりますが、これはまだその半分くらいなので、イナダと言われる幼魚です」
「幼魚、これで。へえ~」
「このサイズでちょうど2歳くらいです。普段は外洋を周っていますが、時々沿岸部にも現れるので、こうして釣ることができるんです」
「え、釣る?まさかこの魚、オチ君が釣ってきたの?」
「当然です」
「マジで?いや、え?だって、海だろ?海って、ヒトが行って大丈夫なのか?」
「ちゃんと講習を受けて資格を取れば誰だって出られますよ」
「すげええー!そうなのか!すげえ。良いなあ、行ってみたいなあ」
「行ってみたいですか?」
「行ってみたい!」
「じゃあ、今度、行きましょう」
オチ君、喋るんじゃねえか!しかも海に一緒に行こうだなんて。
その後も、オチ君は魚について喋りまくっていた。