出社しよう
翌朝、6時にみんなで朝食をいただいた。
朝ごはんなんて、初めて食べたよ。今までは、出社してからドロ飯を食べてたけど、あれは朝ごはんって感じじゃない。単なる機械を動かすためのエネルギーって感じだ。
だけど、朝ごはんというのはもっと違う。
朝から誰かと挨拶をして、その日の予定とかを話しながら食べる。自分の予定を知ってもらい、相手の予定を知る。事務的なことじゃなくて、一緒に暮らす家族として共有しておく情報だ。それを機械に頼らず自分たちでする。
驚きだった。
◇◇◇
家を出る時、トコロさんが昼食用に弁当を作ってくれた。
「今日の夕飯は間に合うのか?」
と聞かれる。何に間に合うかって、夕飯の時間に帰れるのかってことだ。
「はい。今週は大きな仕事がないので、早く帰ってきます。来週以降は不規則になるかもしれないですが」
「テレビの仕事だろ?夜中までやったりするんじゃねえのか?」
トコロさんは、ざっくばらんに話してくれる。良いオヤジだ。
「そうですねー。夜中どころか朝までもありますね。とにかく不規則なんですよ」
「そうだろうなあ。専用機械ないから、体調管理自分でやるんだぞ。大変だぞ?」
そんな話しをしながら、坂をくだった。
駅へ向かう道で、トコロさんは「じゃ、俺こっちだから」と言って、駅とは逆方向に行ってしまった。そういえば、何の仕事してるんだろうな?
あの家に住んでる人は、専用機械を持ってなさそうだ。ということは、普通の生活はしてないはずだ。俺だって専用機械を捨てちまったから、これからどうなるか見当がつかない。健康管理、時間管理、資産に仕事や交友関係、なんでも俺情報は機械が把握していて、俺が困らないように管理していた。もう一人の俺がそばにいるような感覚、というよりは、俺の頭脳だけが機械に入ってるみたいな感覚だ。だけど、それが全部なし。これからは自分でやるんだ。買い物をしてお金を払うことすら、俺の胴体についている頭に書き込んで思い出して考えなきゃならん。不便になる。
さーて・・・
電車に乗ろうとして、自動改札で止められた。
『オキャクサマノタンマツキノウガセイジョウデハアリマセン』
おーっ、そうきたか。
早速、専用機械を捨てちまった支障が現れた。こういう機能が使えなくなるのは時間の問題だとわかってはいたが、一応6か月定期払ってあるはずだけどなあ。
改札横にあるボックスに、携帯端末を突っ込んで「ホストコンピューターの故障」のボタンを押すと、ボックスからピーコロカカカと機械音が聞こえてきて、何やら俺の端末を調べているようだった。それから「6か月定期確認」と表示されて、とりあえず電車には乗れるようになったらしい。
うーむ。きっと一事が万事こんな調子なんだろうな。会社へ行くだけでひと苦労だった。
会社へ着くと、また入口で止められた。いちいち携帯端末を調べてもらわなきゃならん。
とりあえず、なんとか入ることができて、事務所へ行った。すると
「ダイチ!お前、昨日どうしたんだ!」
「ダイチさん、生きてましたか!」
「メールもコールも出ないで、どうしたんだ!」
と、色んな人に詰め寄られた。
「専用機械を捨てたら、嫁に捨てられて、住むところ探してた」
「なんだとー!」
俺のひと言で、事務所中が大騒ぎとなった。
「お前なあ、そんなことしたら、連絡取れなくなるだろうが」
社長に怒られた。
そりゃ、そっか。
「専用機械はいつ直るんだ」と聞かれても、しばらく手に入れるつもりはない。それを言ったら、社長が唖然としていた。
頭を抱えてしばらく唸っていた。
「ダイチー、これじゃ仕事にならんだろうが」
そう言っても、社長は俺を切ろうとはしなかった。
「まあ、お前の実力は知ってる。専用機械がなくても良いもん作ってくれると信じてるさ」
「ありがとうございます」
テレビの仕事は時間がとにかくバラバラだ。それに現場に入るまではメールでのやりとりも多い。それを、どうしたら良いか考えてくれると言うのだ。
これから少しずつ、俺の仕事の内容ややり方は変わることになる。だけど、それを望んだのは俺だ。大変ではあるが、社長も協力してくれるし、頑張ろうと思う。
仕事はキツイし大変だけど、良い上司に恵まれた。
ま、嫁には捨てられたけど、世の中頑張りゃなんとかなるようだ。