コロッセオ
転校してから、数日ほどが経ったころ。
「はぁ……」
俺は深いため息をついていた。
「あら、どうしたの? 困りごと?」
「ん、聞こえてたか。まぁな」
そうリタに返事をして、机上に頬杖をつく。
「私室のベッドが不良品でさ。まるでコンクリートの上に布を敷いてるみたいに硬いんだ。寝心地がすこぶる悪い、だから寝付けなくてな」
夜のことを思うとため息が出る程度には最悪だ。
「貴方、転校したばかりで三等私室だものね。ということは、詩織も?」
リタの視線が、俺の隣へと向かう。
「うん。ちょっと寝不足かな。体調管理はしっかりしているつもりだけど」
「大変ね。まぁ、三等私室は粗雑な造りだから、しようがないけれど」
エターズ魔法学園は全寮制であり、生徒には私室が与えられている。
台所、風呂、トイレ、最低限の家具一式が揃ったものだ。
私室には種類があり、一等、二等、三等の三種がある。
そのうち、俺と詩織が住んでいるのが、三等私室。
例えるなら、サービスの悪い安宿の一室みたいな造りをしている。
だからこそ、家具や風呂などの造りが粗雑だ。
水圧が弱いし、風通しが悪いし、日当たりも悪ければ、ベッドの寝心地も最悪だ。
本当に雨風しのげればいい程度の役割しか果たせていない。
文化的な生活から一転して、あてのない旅人みたいな生活になってしまった。
「ため息をつくくらいなら、二等私室に引っ越したら?」
「引っ越すって言ってもな。家賃、幾らだよ」
「金のコインが五枚分」
「とても手は出せないな」
三等私室は無料だが、二等より上には家賃が必要になる。
コインに余裕のない俺たちにとって、月の支給金と同じ額を家賃としては払えない。
まぁ、この数日でいくつか簡単なクエストはこなしている。
節約して使えば食うに困らないくらいのコインは蓄えてあるが、手はとても出せない。
浮いたコインはトレーニングルームに吸い取られていくし。
「このまえ、商業スペースに行ってみたんだけど。ベッドだけなら、金のコイン二枚で買えるみたい。今は無理だけど、意識して貯めていけば近いうちにはなんとかなると思う」
「うーん。それでも金コイン二枚か」
ベッドが二千円と考えると、物凄く安く感じるけれど。
金コイン二枚と考えると、途端に高く感じてしまう。
ベッドのために食費を圧迫するのは避けたいところだが、あの粗雑なベッドで眠るのも回避したい。
難儀な話だ。
「とても悩んでいるようだし、いいことを教えてあげましょうか?」
「いいこと?」
「そう。上手くいけば一攫千金、上手くいかなくても軽度の損失で済むわ」
上手くいけば一攫千金、上手くいかなくても損は少ない。
そういう類いの言葉は、詐欺師の常套句だけれど。
リタが俺たちを騙す理由もないか。
「そんなクエストなら、願ったり叶ったりだけど。本当にあるの?」
「あら、ごめんなさい。私が言っているのはクエストではないの」
クエストじゃない?
「クエストじゃないなら、なんなんだ?」
「そうね……言うなればイベント、ね」
イベント。
そう告げたリタは、放課後になって俺たちを教室から連れ出した。
向かう先はイベントが開催される会場だと言う。
しかし、行き着いた先は、あの魔法陣がずらりと並ぶロビー。
そこを経由して足を踏み入れた場所は、意外なところだった。
「トレーニングルーム……ここで?」
「そうよ。だから、そんな疑うような目を向けないでくれる?」
しかし、詩織の気持ちはよくわかる。
一攫千金が狙えるという、夢のようなイベントだ。
もっと然るべき場所というものが、用意されているだろうと考えるのが普通。
開催地があまりにも普通で、途端に疑わしくなってくる。
それにイベントと言う割には、人が平常時とそう変わらない。
祭りのように、人がごった返しているのを想像していただけに、拍子抜けだ。
「色々と思うことはあるでしょうけれど。ついてくれば、自ずとわかるわ。ほら、あの個室よ。行きましょう」
かつかつと、リタはとある個室へと向かう。
俺は詩織と一度顔を見合わせ、互いに小首を傾げつつその背中についてく。
そして、リタが個室の扉に手を掛けたところで、ふと気がつく。
「ん? あれ、そこ使用中だぞ。いいのか?」
「いいのよ、中で主催者が待っているだけだから」
リタは躊躇なく扉を開いて、個室へと足を踏み入れる。
俺たちもその後に続くと、円形闘技場、コロッセオが現れた。
「なるほど……」
このトレーニングルームの個室を使えば、簡単に舞台を用意できる。
イベント会場としては、持って来いの場所だ。
そして、この形状からして、今から行われるイベントにも想像がついた。
「――おっ、誰かと思えばリタじゃないか」
「どうたんだい、今日は。その後ろにいる二人は?」
広く空けた土の地面、その中心地には二人の男子生徒がいた。
似た背丈、似た声質、似た顔つき、彼らは双子であるように見えた。
「挑戦者を連れてきたのよ。二等私室に引っ越したいんですって」
「二等私室に? あれ、もしかして」
「噂の転校生かい? そいつはいい」
双子たちはそう言うと、俺たちを迎え入れるように手を広げた。
「ようこそ。僕たちは双子のナンバーズ。第九十六位ロイ・スクルシスと」
「第九十七位ロマ・スクルシス。僕たちに勝てたら賞金として金コイン五十枚」
双子は声を合わせて叫ぶ。
「さぁ! 僕たちと戦おう!」
イベント。たしかにこれはイベントだ。
双子のナンバーズに勝って賞金を手に入れよう。
実にわかりやすくて、やり応えがある。
それに前々から興味があったんだ。
ナンバーズ。エターズ魔法学園における成績上位者たち。
彼らがどれほどの人物なのか。それを確かめる機会に恵まれた。
「詩織」
「うん」
短く言葉を交わして、こちらも息を合わせる。
「上等!」




