セットアップ
俺の名は、鈴木 拓海。
ごく普通の大学生だ。特に、頭が良くもない、運動が出来るわけでもない。電気屋とアニメショップに通う事が趣味の普通の大学生だ。
俺はこれまで、アニメの主人公のような劇的なヒロインとの出会いや、異世界転生がいつか自分にも起きると信じていた。今だって信じていないと、明言はできないだろう。
そして、その願いが叶ったのか・・・・・俺にも正に劇的な出来事が起きたのだ。
俺は、この夏、転んで落ちてきた美少女と階段から一緒に転げ落ちて・・・・・
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2023年8月13日
今日は俺が前から目を付けていた新作MMORPGの初回限定版の発売日から1週間ほど過ぎた日だった。
流石に、徹夜で行列に並ぶ勇気はなかったのだ。だから、通常版が新たに入荷されていないかと思い、電気屋に来ていた。
その日は、平日という事もあって店は空いていた。
だが、残念ながら目当てのソフトは、未だに入荷待ちだった。手ぶらで帰るのも癪だったので、PC周りの商品を物色していた。
すると、自分と同じくらいの女の子が、困ったように商品の陳列棚を見ている事に気が付いた。
どうやら、PCを買ったばかりなのか、自分のPCを持ってきて液晶フィルムを手に取り眺めていた。
(ど、どうせだし・・・・・ちょっと声を掛けてみようかな・・・)
俺は普段、女の子と話をしないからか、とても緊張していたのだろう。声が一瞬、上擦ってしまった。
「な、何かお困りですか? 俺で良ければ協力しますよ」
すると、最初は驚いていたが、PC周りの事で助言している内に、素直に喜んでくれた。
名前は、吉村 結衣と言うらしい。
「私・・・・パソコン買ったばかりで、何を買ったら良いのか全然分からなかったんです!この液晶ふぃるむ・・・・というのは、どれを選べばいいのでしょうか? 」
「え~と。結衣さんのPCは15.6インチだから・・・・これですね。ブルーライトカットも付いているからちょっと高いけど、買って損は無いと思うよ」
すると、結衣さんは、疑うことなく嬉しそうに頷いて、買い物カゴに入れた。
必要な物を買い終えると、ショッピングモールの中にあるレストランで食事をしたり、服の試着コーナーで色々着たりして、遊んでいた。
(これって・・・・デートみたいなもんだよな・・・・・デートかあ・・最高!! )
そうして、気が付くと夕方になっていた。
「今日は一日、色々付き合ってくれてありがとうございました!流れで遊んじゃったけど・・・・よく考えたら、これって・・・・デ、デートみたいですね・・・・・」
夕陽に溶け込むように、頬を赤らめた結衣ちゃんの笑顔は・・・・反則級に可愛かった。
「そ、そうだね・・・・・」
だが、そんな楽しい時間は唐突に奪われた。
前を歩いていた結衣ちゃんが足を滑らせて転落したのだ。
俺は頭が真っ白になってしまっていた。
「えっ・・・・・・・・」
呟くように聞こえた彼女の声からは、驚きしか感じられなかった。
俺はハッと意識を取り戻すと、彼女を庇うように受け止めてそのまま、4,5メートル転げ落ちた。
(あれ・・・俺は・・何をしているんだ?・・・・・あれ?・・ここで死ぬのか・・・・・)
そのまま、意識を失った・・・・・
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(あれ?・・・・俺は何をしていたんだっけ?・・・・何だか、体が驚くほど軽いような・・・)
「そ、そうだ!!・・・確か、歩道橋から落ちて・・・・・そうだ!結衣ちゃんは!? 」
俺は動こうとした瞬間、突如として凄まじい浮遊感を感じた。
なぜか、俺は宙を舞っていた・・・・
「えええええええ!! なんで、俺・・・飛んでいるんだよおおおお!! 」
それに・・・・よく目を見渡すと、世界中が真っ青に染まっていた。
さらには・・・・・よく分からない、四角い物体が浮遊していた。
「どこだよ?・・・どこなんだよおおおおお!! 」
すると、どこからともなく、機械質のある声が聞こえてきた。
「なにかお困りですか? 」
(ん?・・・・どこかで聞き覚えがあるような・・・・)
「なら、ここはどこなんだよ? 」
「質問の意味がわかりません・・・」
「分からないも何も・・・・ここはどこだって聞いてるんだよ!! 」
「質問の意味がわかりません・・・」
その後、同じ質問を繰り返していると、急に・・・しゃべり始めた。
「ようこそ。電脳世界へ、このファイルをダウンロード後にセットアップ作業を完了させて下さい」
(電脳世界?・・・・今、電脳世界って言わなかったか?・・・嘘だろ・・・・でも、言われてみれば・・この青い背景、フォルダみたいな四角い物体・・・この声は、ナビゲーションAIみたいだし・・・・)
そうこうしているうちに、下の方に“32MBを保存しますか?”という見覚えのあるモノが出現した。
俺も、この世界での動き方にも慣れ、楽々と下の方に移動して、“名前を付けて保存”という所を触れた。
ダウンロードが完了するまで、動き回ってフォルダの中に入ったりしていた。フォルダの中には、大量のエッチな画像が入ったりもしていたが、自分にも覚えがあるのでスルーした。
(それにしても・・・・・哲学ファイルって・・・・分かりやす過ぎるだろ・・・)
ファイルのダウンロードが済み、セットアップ作業に取り掛かると、最後に謎の質問が混ざっていた。
最後は職業選択という訳の分からない質問で、ハンターや文官など選択肢があったが、スルーしておいた。
最後の作業も完了すると、青い世界に自身が溶け込んでいった。
次の瞬間、目の前には灰色の世界が広がっていた・・・・・