表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

24.ウィリアム・エイムズの『祖王の戴冠』

 

 

 

「おい、なにしてる。詐欺師」

「なにって……それは僕が聞きたいんですが。君こそ、なにをしているんです?」


 なにがどうなれば、地下室の天井を上から壊すという状況に陥るのだろう。理解に苦しんだ。

 しかも、なにがあったのか、彼女の着衣はボロボロに引き裂かれている。とても、貴族の令嬢が平気な顔をしていられる格好ではないと思った。

 だが、ロビンは憮然とした表情でキースの前に降り立つ。


「まあ、ちょうどいい。不本意ながら、お前を探してたところだ」

「お菓子の匂いは嘘をつかないのよぉ?」


 妖精にキースを探させたのか。

 メイは金貨を撫で回した後に、幸せいっぱいの顔で口を大きく開けてかじりついた。妖精が金貨をかじる姿を見て、流石のキースも顔を引きつらせる。


「あたしじゃ見えないからな」


 ロビンは渋面でキースを立ち上がらせると、改めて頭上を指差す。

 崩落した天井に空いた大穴から見えるのは、上にあった礼拝堂だ。

 仄暗いが、月光に照らされた堂内を見下ろしているのは、厳かな雰囲気を醸し出す天井画。ウィルが描いた絵だった。


「まさか……?」


 何故、最初に気づかなかったのだろう。

 ロビンに促されて、キースは初めてその意味を知る。


 夢中で右眼を覆っていた眼帯を取り、美しい天井画――ウィリアム・エイムズの『祖王の戴冠』を見上げた。

 アルヴィオンの歴史は、神から神聖なる王冠を授かってはじまったと言われている。『祖王の戴冠』は聖典に語られる一節を描いた宗教画だ。


 絵が辿った記憶と軌跡が、右眼を通じて物凄い速度で情報として頭の中に入り込んでくる。下絵から絵を作りあげ、色を乗せていくウィルの姿が浮かんでくるようだった。

 そして、塗り重ねられた色の下に、奇妙な文字列が浮かび上がってくる。

 絵の下に隠された短い一文が、金色の瞳に映し出された。


「The Holy Mother of Crucifixion.――磔の聖母?」

「なんだそれ? まーた、言葉足らずのメッセージかよ」


 ロビンが悪態をつくが、キースは思案する。


「聖メアリ教会だ。あそこには、ウィルの『磔刑』があります!」


 もしかすると、また絵に伝言を残しているかもしれない。

 ロビンはすぐさま身をひるがえして、天井の穴から上へと抜け出そうとする。だが、キースがいないと、また伝言が解けないかもしれないということに気づいたのか、面倒くさそうに息をついた。


「言っとくが、利害のための協力だからな。最後には、あたしが奪い取る」

「はあ」


 ロビンはそう言うと、少しだけ身を屈める。

 呆然とするキースの身体を肩に担ぎあげた。流石のキースも、その行為に驚いて抗議する。


「人を物みたいに担がないで欲しいですね」

「うるさいなぁ。お前、ここを上がれるのか?」

「そ、それは……」

「だったら、大人しく担がれていな」


 言うが早く、ロビンはキースを担いだまま、軽々とした跳躍を見せる。あっという間に礼拝堂に上がってしまい、キースは呆気にとられてしまう。

 その頃には、物音に気づいた市警騎士の何人かが礼拝堂に駆けつけていた。

 これから、どうやって逃げるのだろう。


「メイ、頼む」


 ロビンの声に応じて、金貨を食べていたメイが大きな金槌に姿を変える。

 持ち上げることすらはばかれ大金槌を軽々と片手で振りあげると、ロビンはニッと悪戯っぽい表情を浮かべた。


「よっ、と」


 次の瞬間、彼女は遠慮のない動作で金槌を振るう。


「え、ちょ!?」

「口閉じとけよ。埃吸っちまうぞ!」


 立派な礼拝堂の壁に大きな穴を易々と空けてしまった。

 なんとも大胆で、強引なやり口だ。道理で貴族然とした市警騎士団のボンクラどもに、この怪盗が手に負えないわけだ。

 これが世間を賑わす怪盗ロビンか。キースは終始唖然として、壁穴から逃げようとするロビンを見据えた。


「なにしてるんだよ」

「……いや、リズって本当にお姫さまや、お嬢さまなのかと疑ってしまって……」

「うるさい。今度はお姫さま抱っこして運んでやろうか?」

「それは遠慮しておきますよ。僕にだってプライドがありますから」

「そっか、じゃあ遠慮なく」


 ロビンは悪戯を思いついた子供のように無邪気に微笑むと、無防備なキースの身体を軽々と抱き上げた。……お姫さま抱っこで。


「な、なにを……ッ」

「どうだ、悔しいか! このあたしをからかったお返しだ、クソ詐欺師!」


 もしかして、先日、殴られそうになったときにキスしたことを言っているのだろうか。

 だとしても、元お姫さまに、お姫さま抱っこされるアルヴィオン紳士がどこにいる。


「自分で走れます!」

「遠慮するな。お前、足遅そうだからな」

「遅いのは余計です」


 程度が低いように見える単純な仕返しだが、キースの羞恥にはこれ以上にない打撃を与えていた。

 やられたな。

 ウィルを美女と勘違いした次くらいに恥ずかしい思いをした。

 ロビンは、そんなキースを軽々と抱えたまま、夜の闇を駆けるのだった。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ