表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

21.詐欺師キース・グレイヴの本領

 

 

 

 キースが妖精琥珀を使って詐欺を働いたときばかりは、ウィルは黙ってはいなかった。


「猿真似だって、キースの絵は、キースの絵だろう? それで、堂々と贋作を描くなんて、どうかしてる!」


 夜会で飾られた絵を見て、ピンときたらしい。

 ウィルは派手なピンクのドレスをまとったまま乗り込んで、キースにつかみかかった。男にしては若干細い腕だが、思いっきり殴られると流石に頬が痛かった。


「卑怯だな。女の格好をされていたら、殴り返せないじゃないか」

「誤魔化すな!」


 自分の絵が、嫌いだった。


 嫌でも見えてしまう他人の絵の軌跡。

 それが頭から離れず、自分の画法で描くことが出来ない。結局は誰かの真似をしてしまい、それを自分でも自覚している苦痛を感じ続ける。


 だったら、――。


「残念だよ。俺はキースの絵、結構好きだったのに」


 似てしまうのではなく、無意識に似せてしまうのだ。

 結局、なにを描いても「キース・グレイヴの絵」にはならない。


 だったら、いっそ全く同じ絵を描いてしまっても一緒ではないか。


「君と僕は違う」


 早くから絵が評価され、賞賛されるウィルと、猿真似ばかりで売れないキースは、決定的に違うのだ。

 やっと絞り出したのが、そんな情けない言葉だったことを、自分でも恥ずかしく思った。

 罪悪感が心を蝕む。

 友人として付き合っていたウィルに対して。

 それだけではない。この妖精琥珀を作ったロックにも申し訳ないと思う。

 そして、ロックを自分に残してくれた母に対しても。


 いろんなものを裏切っていると自覚しながらも、キースはどうすることも出来なかった。ただ、人を騙すための方法ばかりを覚えていた。

 ウィルはなにも言わずにキースの元を去り、その後、顔を見ることはなかった。


 彼から絵と伝言が送られてきたのは、それから一年半も経った頃のことだった――。




「侯爵はエイムズと親しかったそうですね。もしかすると、また彼の絵が狙われるかもしれません。その場合、心当たりはありますか?」

「うむ。そうですな……礼拝堂の天井画は彼の作だが、流石にあれを剥がして盗むことは出来ないでしょうな。あとは、廊下や部屋に飾ってある数枚の絵でしょうかね?」


 侯爵は自信に満ちた顔で笑い、礼拝堂への道を進む。

 ウィルを探さなければならない。今更、彼に会える資格があるとは思っていなかった。

 だが、ウィルはキースに伝言を託したのだ。

 他の誰でもない。キースが絵を託された。


「エイムズは、僕の友人です」


 時間がない。

 キースはギリギリのところで賭けに出ることにした。

 リズが勝負を仕掛けたのは、詐欺師のキースだ。だったら、詐欺師らしく戦うべきだろう。


「先日、彼と会ったら妙なことを言っていたんですよ」

「妙なこと……? 君は、エイムズと会ったのか?」


 侯爵が慌てて振り返り、キースを見上げる。

 キースは唇に笑みを含むと、さり気なく睫毛を伏せて侯爵の視線をかわした。


「ええ、会いましたよ」

「……彼は、わしのことをなにか言っていましたかな?」


 侯爵の顔に脂汗が滲み、視線が覚束なくなる。その表情を見て、キースは確信した。

 彼はウィルを始末していない。ウィルは、どこかに隠れているのだ、と。そして、侯爵はウィルがどこにいるのか知らない。

 ウィルは生きている。

 不安だった要素が消えて、キースは少しだけ安心した。


「よろしくお伝えください、と。戻る気はないのかと聞いてみたのですが、なにか隠しているようで。侯爵には直接あいさつに行けないと言っていました」

「ほう……また、どうしてでしょうな。君は、彼の居場所を知っているのかね?」


 さり気なく探りを入れてくる侯爵に、キースは愛想笑いをした。


「あなたには言うなと、堅く言われていて」


 敢えて、侯爵に背中を見せて歩く。

 その瞬間、背中になにかを突きつけられる。

 大方、予想通りだと、キースは笑声を噛み殺した。

 背にナイフを向けられたのだと、感覚的に悟った。隠し持っていたらしい。

 キースは微塵も動揺の素振りを見せず、笑顔のまま視線だけで振り返る。


「貴様、どこまで知っておる?」

「さあ? どこまでだと思いますか?」


 上衣を擦るように、銀のナイフが押し付けられる。

 キースは何食わぬ顔で続けた。


「僕を殺せば、エイムズの居場所がわからなくなりますよ? それに、今は邸宅のいろんな場所に人がいます。こんなところで声を出せば、誰か来るかもしれない」


 背後で奥歯を噛む気配がした。

 やはり、侯爵はウィルの居場所を探している。


「盗賊に絵を入れ替えさせたのは、やはり奴か」

「かもしれないですね」

「あの絵描き、姑息な真似を!」


 完全にウィルが生きて隠れているという前提のもとでの、無謀な賭けだった。

 結果的にキースは正しかった。このまま、事を運べばいい。


「なにも、僕は侯爵を脅しているわけではありませんよ。ただ、美味しい話は分け合った方が良いんじゃないかと思って」

「……エイムズ(友人)を裏切ると?」

「人聞きが悪い。とりあえず、刃を降ろして頂けませんか? 場所を移して、じっくりお話しましょう」

「食えない男だな」

「みなさん食わず嫌いなだけで、意外と美味しいんですよ、僕。毒はあるかもしれませんがね」


 キースは燭台の灯りに妖艶な笑みを浮かべてみせる。

 その頃には、侯爵はキースを刺す気を失っており、のろのろとした動作で腕を下げていた。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ