21.詐欺師キース・グレイヴの本領
キースが妖精琥珀を使って詐欺を働いたときばかりは、ウィルは黙ってはいなかった。
「猿真似だって、キースの絵は、キースの絵だろう? それで、堂々と贋作を描くなんて、どうかしてる!」
夜会で飾られた絵を見て、ピンときたらしい。
ウィルは派手なピンクのドレスをまとったまま乗り込んで、キースにつかみかかった。男にしては若干細い腕だが、思いっきり殴られると流石に頬が痛かった。
「卑怯だな。女の格好をされていたら、殴り返せないじゃないか」
「誤魔化すな!」
自分の絵が、嫌いだった。
嫌でも見えてしまう他人の絵の軌跡。
それが頭から離れず、自分の画法で描くことが出来ない。結局は誰かの真似をしてしまい、それを自分でも自覚している苦痛を感じ続ける。
だったら、――。
「残念だよ。俺はキースの絵、結構好きだったのに」
似てしまうのではなく、無意識に似せてしまうのだ。
結局、なにを描いても「キース・グレイヴの絵」にはならない。
だったら、いっそ全く同じ絵を描いてしまっても一緒ではないか。
「君と僕は違う」
早くから絵が評価され、賞賛されるウィルと、猿真似ばかりで売れないキースは、決定的に違うのだ。
やっと絞り出したのが、そんな情けない言葉だったことを、自分でも恥ずかしく思った。
罪悪感が心を蝕む。
友人として付き合っていたウィルに対して。
それだけではない。この妖精琥珀を作ったロックにも申し訳ないと思う。
そして、ロックを自分に残してくれた母に対しても。
いろんなものを裏切っていると自覚しながらも、キースはどうすることも出来なかった。ただ、人を騙すための方法ばかりを覚えていた。
ウィルはなにも言わずにキースの元を去り、その後、顔を見ることはなかった。
彼から絵と伝言が送られてきたのは、それから一年半も経った頃のことだった――。
「侯爵はエイムズと親しかったそうですね。もしかすると、また彼の絵が狙われるかもしれません。その場合、心当たりはありますか?」
「うむ。そうですな……礼拝堂の天井画は彼の作だが、流石にあれを剥がして盗むことは出来ないでしょうな。あとは、廊下や部屋に飾ってある数枚の絵でしょうかね?」
侯爵は自信に満ちた顔で笑い、礼拝堂への道を進む。
ウィルを探さなければならない。今更、彼に会える資格があるとは思っていなかった。
だが、ウィルはキースに伝言を託したのだ。
他の誰でもない。キースが絵を託された。
「エイムズは、僕の友人です」
時間がない。
キースはギリギリのところで賭けに出ることにした。
リズが勝負を仕掛けたのは、詐欺師のキースだ。だったら、詐欺師らしく戦うべきだろう。
「先日、彼と会ったら妙なことを言っていたんですよ」
「妙なこと……? 君は、エイムズと会ったのか?」
侯爵が慌てて振り返り、キースを見上げる。
キースは唇に笑みを含むと、さり気なく睫毛を伏せて侯爵の視線をかわした。
「ええ、会いましたよ」
「……彼は、わしのことをなにか言っていましたかな?」
侯爵の顔に脂汗が滲み、視線が覚束なくなる。その表情を見て、キースは確信した。
彼はウィルを始末していない。ウィルは、どこかに隠れているのだ、と。そして、侯爵はウィルがどこにいるのか知らない。
ウィルは生きている。
不安だった要素が消えて、キースは少しだけ安心した。
「よろしくお伝えください、と。戻る気はないのかと聞いてみたのですが、なにか隠しているようで。侯爵には直接あいさつに行けないと言っていました」
「ほう……また、どうしてでしょうな。君は、彼の居場所を知っているのかね?」
さり気なく探りを入れてくる侯爵に、キースは愛想笑いをした。
「あなたには言うなと、堅く言われていて」
敢えて、侯爵に背中を見せて歩く。
その瞬間、背中になにかを突きつけられる。
大方、予想通りだと、キースは笑声を噛み殺した。
背にナイフを向けられたのだと、感覚的に悟った。隠し持っていたらしい。
キースは微塵も動揺の素振りを見せず、笑顔のまま視線だけで振り返る。
「貴様、どこまで知っておる?」
「さあ? どこまでだと思いますか?」
上衣を擦るように、銀のナイフが押し付けられる。
キースは何食わぬ顔で続けた。
「僕を殺せば、エイムズの居場所がわからなくなりますよ? それに、今は邸宅のいろんな場所に人がいます。こんなところで声を出せば、誰か来るかもしれない」
背後で奥歯を噛む気配がした。
やはり、侯爵はウィルの居場所を探している。
「盗賊に絵を入れ替えさせたのは、やはり奴か」
「かもしれないですね」
「あの絵描き、姑息な真似を!」
完全にウィルが生きて隠れているという前提のもとでの、無謀な賭けだった。
結果的にキースは正しかった。このまま、事を運べばいい。
「なにも、僕は侯爵を脅しているわけではありませんよ。ただ、美味しい話は分け合った方が良いんじゃないかと思って」
「……エイムズを裏切ると?」
「人聞きが悪い。とりあえず、刃を降ろして頂けませんか? 場所を移して、じっくりお話しましょう」
「食えない男だな」
「みなさん食わず嫌いなだけで、意外と美味しいんですよ、僕。毒はあるかもしれませんがね」
キースは燭台の灯りに妖艶な笑みを浮かべてみせる。
その頃には、侯爵はキースを刺す気を失っており、のろのろとした動作で腕を下げていた。




