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18.怪盗VS詐欺師

 

 

 

 狩猟を終えて邸宅に着くと、自分の屋敷へと帰宅していく者、狩った獲物を使った料理を肴に楽しもうと残る者に別れた。


「ご覧ください、エリザベス。このシャーロック・アボーンズの腕前を! あなたのために、雉二羽、ウサギ一羽を撃ちましたよ!」

「はぁぁん、シャーロックさま! その愛の矢で、フロルの心も射抜きましたッ! あ、いや……想像しただけで、はらんで……やッ」


 馬鹿に賑やかなシャーロックと、その妖精が目の前で変なポーズを決めている。

 リズは厩舎に黒馬を預けると、サラッとした笑顔を浮かべた。


「お見事ですわ、アボーンズ子爵。わたくしは、雉八羽、ウサギ一羽、キツネ一匹ですの」


 飽くまでも淑女的な笑みを崩さず、さり気なくシャーロックを見下してみせる。

 シャーロックは自分よりも遥かに腕前の良い令嬢に一瞬、辟易して口を閉ざしてしまった。だが、すぐに馬鹿らしい前向き思考を発動させる。


「きっと、未来の我が妻に動物たちも見惚れたのでしょう。あなたの美貌は野獣さえも酔わせてしまうのか、エリザベス!」

「とっても前向きですのね」


 どうやったら、こいつの心は挫けるんだ。と、リズは呆れるしかなかった。

 馬鹿を相手にして貴重な時間を無駄にしているうちに、視界の端にキースを見つける。リズはその背を追い、足を運んだ。


「嗚呼、エリザベス。可憐で美しく、強く気高く在られるあなたこそが、この私の運命の人。ひと目見た瞬間に、このガラスのハートは燃え上がり――って、あれ。エリザベス!? どこへ行くんだい。無視は堪えるから、もうやめてくれたまえ!」


 嘆願するような叫びを上げるシャーロックなど眼中に入らない振りをして、リズはキースの背後に立つ。そして、振り返る前に囁いた。


「来い」


 それだけ言うと、リズはキースから離れて広い庭園の隅へと向かう。

 キースはなにも言わずにリズを見ると、黙って後をついて歩いた。


「こんなところに誘い出すなんて、逢い引きですか?」

「んなわけないだろ。お前も馬鹿子爵と同類か?」

「でも、可愛い令嬢と二人きりで歩くのは気分が良いですよ」


 どこまでが本気で、どこからが嘘なのかつくづく読めない態度だ。

 しかし、こいつは詐欺師。基本的に全部嘘だと思った方がいい。

 薔薇の咲き乱れるアーチを潜り、人目につかない場所を選ぶ。


「調べさせてもらった。お前が狙っているのは、ドハーティ侯爵が隠している裏金か?」


 あまりに直球なリズの問いに、キースが目を瞬かせる。しかし、彼はあいかわらずの微笑を浮かべると、前髪にかかった金髪を軽く分けた。


「どうして、そう思ったんですか?」

「詐欺師が狙うのは金じゃないか?」

「そうとも限りませんよ?」


 キースはつかみどころのない口調でリズをかわし、庭園に咲く薔薇に視線を移す。

 彼は指先でそっと白い花弁に触れて笑った。


「侯爵が金を隠していようが、そうじゃなかろうが、僕には関係ありません」

「――だったら、エイムズか?」


 そう言うと、薔薇の花弁をなぞっていたキースの指先の動きがわずかに止まる。

 リズはその変化を見逃さず、キースのすぐ近くまで歩み寄った。今日は狩猟用の服を着ている。なにかされそうになっても、避ける自信があった。


「あんな安っぽい友人設定なんて、信じているんですか?」

「全てを嘘で語ることは難しい。嘘をつくときは、ある程度の真実を混ぜておけ……不本意ながら、うちのクソ養父の言葉を借りると、こうなる」

「なるほど。悪いことも教えるんですね、伯爵は」

「ロクでもないのは否定しない」


 キースは薔薇から視線を外し、リズをまっすぐ見下ろした。

 右眼を覆っていた眼帯を外す。

 眼帯の下から現れた金色の瞳。左右で色の違うオッドアイがリズを見据えた。


「確かに、僕はウィリアム・エイムズ……ウィルを探しています」


 不思議な引力を持つ瞳がリズを絡め取る。

 リズは惑わされないように、毅然と唇を結んだ。


「一年前、ウィルが姿を消す少し前に絵が送られてきた。君が『舞踏』と入れ替えた絵です。それと一緒に、短いメッセージカードがつけられていました」


 ――礼拝堂で待つ。


 キースは当初、なんのことだかわからずに、絵を放置した。

 礼拝堂と言っても、どこのことなのかわからなかったし、エイムズには、会おうと思えばいつでも会えると思っていたのだ。

 しかし、しばらくして、エイムズの活動を耳にしなくなった。

 キースは不審に思い、エイムズを訪ねたが、リンディンの自宅にはいなかった。心当たりも探してみたが、エイムズの所在はわからない。

 そうしているうちに、半年が過ぎた。


「絵を調べると、侯爵に行き当たりました……そのうちに、彼が金の密輸をしていることがわかったんです」


 表向きには病欠とされた二年前の八月二十日、王太子の挙式会場。

 だが、侯爵はあの日、王宮へ来ていた。そして、王族と密約を交わし、金の横流しの約束を取りつけていたのだ。教会が持つ独自の流通経路を使って金を安価で密輸し、儲けを取っていた。

 その見返りとして、侯爵は献金するという形で、賄賂をアルヴィオン国教会と王族に渡したのだ。つまり、王族と教会がグルということになる。


 エイムズは、恐らく、それを知ったのだろう。

 だから、わざとあの絵を描いてキースに送った。

 そして、姿を消した。

 侯爵に消されたのか、自分から行方をくらませたのか。それはわからない。


「君は、いいときに現れてくれたと思いましたよ。絵を入れ替えさせたら、侯爵がどんな行動を取るのか知りたかったので。案の定、動揺してこんな集まりまで開いてくれました。お陰で、礼拝堂へ入る隙も見つかりましたよ」

「なにか手がかりはあったのか?」

「残念なことに、君の養父に邪魔をされてしまってね」


 エイムズを見つけるには、彼が残した手がかりを追うしかない。

 キースはそのためにここまで来たのだ。


「その話は本当か?」

「さあね、嘘かもしれない」


 キースは試すような口調で言いながら、リズのストロベリーブロンドを一房手に取る。


「出来れば、手出ししないで頂きたい。これは僕の問題ですから。君にとっても、嘘かもしれない話に首を突っ込むのは危険じゃありませんか?」


 キースは整った唇をリズの髪に押し当て、微笑を含んだ。

 髪には神経は通っていないので、なにも感じないはずだ。しかし、どこかくすぐったい気がして、リズは唇を曲げた。


「いや、嘘じゃないな」


 リズは髪に触れたキースの手を払い除け、はっきりと言い放つ。


「あたしがここまで知っていれば、真相に辿りつくのは早い。そう踏んだから、全部話したんじゃないのか」


 少し驚いた表情のキースに、リズはまっすぐ人差し指を突きつけた。


「あたしがいただく。王族や教会の裏が絡んだ密輸だとすりゃあ、ロビンの出番だろう? あたしがその裏金を奪ってやる」


 宣戦布告すると、キースは煩わしそうに表情を曇らせた。

 常に紳士的に振舞うか、余裕を持って飄々としている青年にしては、珍しい表情である。なんとなく、リズは勝ち誇った気分になった。


「冗談じゃない。君の助けは必要ありません。僕は人を利用しても、頼ったりするほどお人好しではないんでね」


 余計なことをするな。左右非対称の眼は、そう言っていた。

 エイムズが生きている確証はどこにもない。もう失踪して一年になるのだ。消されていたとしてもおかしくはない。

 その場合、キースはどうするだろう?

 復讐も辞さない。そんな空気をまとっていた。

 けれども、リズは気圧されまいと胸を張る。


「勘違いしてるんじゃない。誰がお前のために盗むかよ。あたしを誰だと思ってやがる」


 自らに向けて親指を突き立て、ニッと唇をつりあげる。

 当てつけのようにロビン金貨を一枚、キースに投げつけた。


「狙った獲物は必ず盗む。横取りしたかったら、正々堂々と勝負しな」

 

 

 

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