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17.『舞踏』の鑑賞者

 

 

 

 腹いせのようにウサギを一羽射て、リズは息をついた。


 矢を向けられても、キースは少しも動揺していなかった。

 リズが彼を射ないと、わかっていたのだ。しかも、一抹の不安もなく。

 確かに、リズはキースを射るつもりはなかった。

 貴族の令嬢が誤って人を射ても、それは充分に「不慮の事故」として片づけることが出来る。腕が足りなかった。目の前の獲物しか見えておらず、狙いを外したら、たまたまそこに人がいたのだ。そう言い逃れてしまえる。

 リズがあそこで矢を放たない可能性は、ゼロではなかった。


 それでも、キースはリズが射ないことを毛ほども疑っていなかった。いや、わかっていた。リズに人を殺す度胸がないと、わかっていたのだ。

 リズは王家から追われる大悪党。

 しかし、人は殺さない。

 殺す度胸もない。


「あの野郎」


 本当に人を見透かした態度だ。どこまでも気に入らなかった。


「メイか」


 ふと、陽射しに照らされた影が横切って、リズは頭上を仰ぐ。

 木の陰からメイが姿を見せていた。周囲を確認すると、人の気配はしない。リズは視線で降りてくるように促した。


「早かったじゃないか」

「まぁねぇン。伯爵さまのお仕事は早いから」


 メイはクスクス笑いながら羽をせわしなく動かし、リズの前に降りる。

 邸宅に残ったセドリックがつかんだ情報を伝えに来たのだ。

 リズはクロスボウに次の矢を入れ込む。


「それにしても、派手に狩っているのねぇ。リズったら、野蛮でこわぁい。こぉんなお菓子にもならないお肉ばっかり集めて楽しいのかしらぁ?」

「いいから、とっとと話せ」

「んもぅっ。わかってるわよぉ。せっかちなんだから」


 メイは頬を膨らませると、クルンと身体をひるがえす。

 その口からは、ベキンベキンとなにやら金属を噛み砕く音がしているが、気にしない。


「まず、『舞踏』の入れ替え後に侯爵が取った行動ね。おもしろいのよぉ? 侯爵は、ここ最近、北回廊で『舞踏』を観賞した人物を全員調べているの!」

「『舞踏』を観賞した人物を?」


 メイはコクンと頷き、続ける。


「更に、なんと! 今回、邸宅に招かれた客は、そのメンバー。つまり、侯爵は『舞踏』を観賞した人たちを調査してることになるわね」


 北回廊の絵を観賞するには、通常、一人ひとりに案内役がつけられる。その折に、署名を求められたので、入った人間を特定するのは金を積めば簡単だろう。

 その観賞者たちを集めたということは、侯爵は何らかの事実を調べようとしているに違いない。招待客が芸術方面に傾いていたのは、そういうことか。

 大方、絵を入れ替えた犯人を探しかったのかもしれない。

 案の定、入れ替えた実行犯のリズと、指示した主犯のキースも招待されているので、間違ってはいないだろう。


「ついでに、伯爵さまが気を利かせて調べてくれたんだけどぉ。ロビンが入れ替えた絵はエイムズの絵で間違いないわよ。二年前の八月二十日に挙げられた王太子の結婚式なんだけど……それがね。あの結婚式の当日、侯爵は出席していないんだって」

「出席していない?」


 出席していない侯爵が、絵に描かれていた?

 あり得ないことではない。画家は時として、存在しない人や物を絵に加えることがある。それは趣味の範囲だし、個人の自由だろう。個人的に交友のあった人物とあれば、なおさら不自然ではない。


 だが、ドハーティ侯爵は、「盛大の宴だったらしいですね」というリズの言葉に対して、なんの否定もしなかった。

 参加していないなら、どうして、なにも言わなかったのだろう?


 あの場に侯爵がいることにしなくてはならなかった?

 それとも、いてはいけないことになっていただけで、本当はいたということか?


「あと、これが最後ね。侯爵って借金まみれだったんだって。でも、二年前くらいから急に羽振りが良くなって、寄付なんかもするようになったの。その頃に投資活動をはじめたみたいなんだけど、成功しているようには見えないってさ。伯爵さまが調べたら、もっと面白くなるかもしれないって、ニヤニヤしてたわぁ」

「つまり、なにか裏があると?」

「伯爵さまの推測よ? アタシはわかんないけどぉ~」


 なるほど。ドハーティ侯爵は表向き慈善事業にも手を広げる善良な貴族を演じているが、その元手は何らかの汚い金かもしれないということか。

 よくあることだ。別に、資産を蓄えることが悪いとは思わないし、そんな貴族はたくさんいる。表の顔を取り繕うだけマシな部類だろう。


 だが、エイムズの失踪がそれに関連しているとすれば?

 彼は侯爵を得意先とする画家だった。

 事情を知って消されたとすれば……もしくは、身を隠さざるを得ない状況になった。そう考えれば、バラバラだった事象が繋がっていく気がした。


「ねぇ、役立ったぁ? ねぇねぇ、アタシ役に立ったわよねぇ?」


 思案していると、メイが甘い顔でウィンクして擦り寄ってくる。

 完全に、おねだりの態度である。


「ああ、でも、どうせクソオヤジからも報酬もらってんだろ?」

「ギクッ」


 メイは不貞腐れながら新しい鉄クズを取り出し、前歯でカリカリとかじりはじめる。

 そのうち、食べすぎで太るんじゃないかと思えてきた。


「ねぇねぇ、それで、侯爵のお菓子を盗むの? 盗むの?」

「まだ、わからないこともあるし、決めてない」

「えええぇええぇえぇぇええ! ヤァよぉ。最近、お菓子が減って寂しいんだもん! 最近、盗むの絵ばっかりだし! お菓子を盗まないと、伯爵さまも金貨造ってくれないし!」

「お前の事情は関係ないだろ」


 リズはメイの相手をすることを面倒くさく感じながら、思考を巡らせる。


 さて、これからどうするか。

  

 

 

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